消えゆく景色のなかで、春デート

♥丸ノ内線、南阿佐ケ谷駅。はっきり言って、地味な駅です。この駅がどういった意味を持つかというと……個人的な話ですが、私は9年前、この辺に住んでいたのです。駅から徒歩13分もかかる、古びたアパート。どこの駅からも遠く、駅までの道にはコンビニ1軒すらなく、東京23区内とは思えないほど木々に囲まれた場所でした。

アパートから駅まで、私は善福寺川という川沿いを通り、阿佐ヶ谷団地という古い団地の敷地内を抜けて歩いていました。この家の立地の不便さにはいつも嫌気がさしていた私でしたが、春だけはこの道が天国のようになるのです。

だから私は今そこに立ち返って、初春のあの小道をデートしたい!相手は、近所の人がいい。川沿いで散歩してた犬がつい気に入って私が話しかけた、ちょっと年上の人。犬経由の出会い。ベタなパターンです。そういうベタさが欲しい。春だから。
彼はこの自然の多い環境が気に入っていて、少し大きめの部屋で犬と一緒に暮らしているんです。

♥春のある日曜日のお昼、善福寺川沿いの両側には弾けるように桜の花が咲き乱れている。最近はお花見の人たちも増えて賑やかになってしまいましたが、私たちはわんこと一緒なので腰を落ち着けず、のんびり歩いて桜のトンネルを通るのです。

そして、阿佐ヶ谷団地に入る。ここは緑地の面積がものすごく広めに取ってあります。巨大な庭園の中に控えめに低い団地がぽつぽつとある感じ。特に、2階建てのテラスハウスタイプの建物はペンキ塗りのドアがまちまちの色をしていてかわいい。私はこの団地の風景が大好きだったのです。

しかしここにはずいぶん前から、老朽化や再開発という理由で取り壊し・高層化の話が出ていました。老朽化は仕方ないにせよ、緑地の多さと低層団地のかわいさはできれば保ってほしいのに……。

反対運動が続いているおかげで、阿佐ヶ谷団地に住む人がほとんど立ち退きさせられた今も、団地はほとんど取り壊されていません。

♥私たちは、この滅びゆく(と思われる)環境で、一面に咲き乱れる春の花と、犬とともに、つかの間の癒やしを味わいたい! 乙女心を全開にして、シロツメクサの冠を作ったり、二人で四つ葉のクローバーを探したりしたいの。春の阿佐ヶ谷団地だったらそのくらいやってもいいと思うの!

ちょっと花の時期には早いけど、阿佐ヶ谷団地がいつなくなるか分からないから、早めにこのデートはしておかなきゃね。



文・イラスト:能町 みね子さん


能町 みね子さん
能町 みね子さん

能町 みね子さん

文筆業兼イラストレーター。「オカマだけどOLやってます。」でデビューし、近刊に「『能町みね子のときめきデートスポット』、略して 能スポ」(講談社文庫)「ときめかない日記」(幻冬舎文庫)など。「久保みねヒャダ こじらせナイト」にも出演中。
https://twitter.com/nmcmnc

※この記事は、レッツエンジョイ東京のフリーペーパー「東京トレンドランキング」2012年3月号(2/20発行)に掲載されたものです。
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