4,000軒以上のカレー屋を渡り歩く、カレー愛好家がナビゲート!

銀座グルメ、と言ったら高級フレンチや料亭をイメージする方も多いのではないでしょうか。けれど、私にとって一番銀座らしいグルメと言えばこちら。


コーヒーとカライライスの店「ニューキャッスル」です。


90年代前半、筆者が上京して初めて通ったカレー屋さんという意味でも特別なのですが、それ以上に銀座でもオンリーワンなお店なのです。

最も“銀座らしい”グルメ。オンリーワンなカレー店/ニューキャッスル

閉店を乗り越えた奇跡のカレー店!戦後から3代続く銀座の老舗「ニューキャッスル」_1138906

銀座柳通り。東京メトロ銀座一丁目駅10番出口からすぐの場所にある、遠くからでもわかる赤い看板。

閉店を乗り越えた奇跡のカレー店!戦後から3代続く銀座の老舗「ニューキャッスル」_1138907

こちらが、今回ご紹介する「創業昭和21年 ニューキャッスル コーヒーとカライライスの店」。元々は有楽町寄りにありましたが、平成24(2012)年に一度閉店。平成25(2013)年に現在の場所で復活し、営業を続けているんです。


どのお店にも歴史はありますが、同店の物語はカレーの“隠し味”そのもの。まずは、このお店の始まりからご紹介しましょう。

その歴史は、焼け野原の銀座から始まった

▲旧店舗の風景

▲旧店舗の風景

時は昭和20(1945)年8月15日、終戦までさかのぼります。


復興が進む一方、食材すら手に入らない状態が1年以上続いた銀座の商店街。今も続く老舗レストランに昭和22(1947)年創業が目立つのも、そんな事情が関係しているのでしょう。


ところがこの「ニューキャッスル」は、終戦翌年の昭和21(1946)年にいち早くオープンしているんです。

▲旧店舗にあった初代店主の人形。合気道8段の達人でした。

▲旧店舗にあった初代店主の人形。合気道8段の達人でした。

カギとなったのが、大陸から引き揚げてきた8人の仲間。意気投合した彼らは、当時引揚者に支給された手当(現在の100万円相当)を持ち寄り、お店を始めようと決意。食材の調達はできなかったものの、コーヒー豆だけはGHQから“裏ルート”で入手することができたため、すぐに喫茶店を始めました。


こうして誕生したのが、銀座の新しい城「ニューキャッスル」なのです。


ところが開店から1、2年後、税金の支払いが必要に。それを嫌った仲間たちからお店を一人で買い取ったのが、初代店主の柳田嘉兵衛氏でした。

“カライライス”と品川、大井、大森、蒲田。初代の個性が光るメニュー

  • ▲店頭には「今日のひと言」が書かれていました。

    ▲店頭には「今日のひと言」が書かれていました。

  • ▲平成21(2009)年頃の「ニューキャッスル」ランチ時はいつも大繁盛でした

    ▲平成21(2009)年頃の「ニューキャッスル」ランチ時はいつも大繁盛でした

同店がカレーの提供を始めたのは、開店から4、5年経った頃。銀座の街も徐々に復興してきて「なにかコーヒーに合うご飯を」と考えたところ、やっぱりカレーだろうということになったそうです。


ただしここではカレーをカレーとは呼びません。「辛来飯(カライライス)」と呼ぶんです


さらに、ご飯とルゥの量が少ない方から順に品川、大井、大森、蒲田と、呼び方が京浜東北線の駅名になっています。ダジャレ好きだった嘉兵衛さん、「大井(多い)」「大森(大盛)」に引っ掛けたわけですね(笑)。

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  • 閉店を乗り越えた奇跡のカレー店!戦後から3代続く銀座の老舗「ニューキャッスル」_1138913

平成15(2003)年に初代が亡くなった後、以前から脱サラしてお店を手伝っていた宮田博治氏が継承。二代目としてその味を守り続けてきました。


ところが、平成23(2011)年、東日本大震災が発生。建物に被害はなかったものの、地盤が歪みと建物の老朽化で取り壊されることに。


そして平成24(2012)年7月31日、「ニューキャッスル」閉店。多くのファンに惜しまれながら、66年の歴史に幕を閉じたのです。

▲三代目飯塚さん(中央)と二代目ご夫妻(両脇)

▲三代目飯塚さん(中央)と二代目ご夫妻(両脇)

ある日、熱烈な「ニューキャッスル」ファンで、7年以上毎週通い続けた青年が二代目店主に手紙を出します。


「継がせてください」


彼の名は、飯塚健一さん。この直談判に心を動かされた二代目からレシピを受け継ぎ、三代目として復活させることになったのです。


約1年の研鑽を経て、新生「ニューキャッスル」は2013年6月15日オープン。二代目はレシピの伝授だけでなく、なんと復活後のお店に丸3年も一緒に立ってくれたのです。

受け継がれる辛来飯と、相性バツグンなコーヒー

▲品川(極少・BABY 30g)、大井(少ない・KID 60g)、大森(小盛・SMALL 120g)、蒲田(少なめ・LESS 180g)、つん蒲(ふつう・REGULAR 240g)

▲品川(極少・BABY 30g)、大井(少ない・KID 60g)、大森(小盛・SMALL 120g)、蒲田(少なめ・LESS 180g)、つん蒲(ふつう・REGULAR 240g)

カレーメニューは昔ながらの「辛来飯」のみ。駅名でのボリューム表記もかつてと同じですが、実寸大の立体模型、そしてご飯のグラム表記、英語表記が加わって、一見さんや海外観光客にもわかりやすくなりました。


開店当時から「大井(多い)」「大森(大盛)」でも、量は結構少なめ。筆者も含め常連たちは蒲田よりさらに量が多い裏オーダー「つん蒲(蒲田の先へつんのめる)」をいただくことが多かったのですが、新店舗になってからは「つん蒲」がレギュラー扱いとなりました。

▲「品川」(850円)はカフェタイムのおつまみサイズ

▲「品川」(850円)はカフェタイムのおつまみサイズ

「辛来飯」のルゥはドロッと粘度が高く、なめらかな舌触り。濃厚なうま味に加え、後からじわじわと辛さがやってきます(だから「辛来飯」なんですね)。食べ進めるにつれ、ぐんぐんぐんぐん美味しくなってくる。スプーンが止まらないとは、まさにこのことです。

▲「蒲田」(1,100円)はちょっと少なめサイズ。「大森」より上だと目玉焼きがのってきます

▲「蒲田」(1,100円)はちょっと少なめサイズ。「大森」より上だと目玉焼きがのってきます

そして実は、驚くことにルゥには肉が入っていないんですよ。筆者も通い始めて数回は気づかなかったくらい、違和感がなく満足度が高いのです。その秘密は、豚骨で出汁をとり、野菜と果物をミキサーで潰し、うま味を最大限引き出していることにあります。


そんな裏技を生み出した初代は、カレーやスパイスについて学ぶためにインドや中国に行ったそうです。その中で、当時なかなか手に入らない(というか高くて使えない)肉ではなく、手に入れやすい豚骨を使ったレシピを思いついたとか。


「昔からのレシピそのままで作ってるんですけど、ホントによくできている。考え抜かれているなぁと実感しますよ」と飯塚さん。

▲ツウの頼み方「つん蒲 ダブ玉」(1,350円)

▲ツウの頼み方「つん蒲 ダブ玉」(1,350円)

ちなみに旧店舗時代から筆者のオーダーは「つん蒲」の目玉焼き2つ乗せと決まっています。通称「つん蒲ダブ玉」(1,350円)。これをオーダーすると常連を気取れたんです(笑)。もちろん、今でもオーダーできますよ。

▲「スペシャリティコーヒー」(500円)この日の豆はエチオピアでした

▲「スペシャリティコーヒー」(500円)この日の豆はエチオピアでした

カレーも好きだけどコーヒーも大好きな筆者は、「世界一美味しい珈琲はカレーの後の珈琲である」なんて信条を持っています。そのきっかけとなったのが、実は「ニューキャッスル」なんです。


元々“コーヒーに合うご飯”として編み出された「辛来飯」だけあって、コーヒーとの相性はバツグン。ちなみに、コーヒーだけは昔と変わっているんです。なぜなら、終戦直後と違って、今は良いコーヒー豆が手に入るから。スペシャリティコーヒーの産地を月に一度以上変えながら提供しているのです。しかも、ハンドドリップで。


口に残った「辛来飯」のうま味とスパイス感、それをコーヒーのアロマで流していく。この多幸感がたまりません。食後は絶対にコーヒーを頼むべし!

これからも、唯一無二の味を守っていく

  • ▲たった一つ残った旧店舗のスプーンをもつ飯塚さん

    ▲たった一つ残った旧店舗のスプーンをもつ飯塚さん

  • ▲旧店舗の入り口扉にあった木製サイン

    ▲旧店舗の入り口扉にあった木製サイン

復活した後も、たくさんのファンに変わらず愛されている「ニューキャッスル」。これからも、銀座の歴史を駆け抜けた唯一無二の味を提供し続けてくださいね。

スポット
ニューキャッスル

〒104-0061
東京都中央区銀座 2-11-1 銀座ランドビルB1F

銀座一丁目駅

〒104-0061
東京都中央区銀座 2-11-1 銀座ランドビルB1F

銀座一丁目駅

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※本記事内の情報は2023年11月10日時点のものです。掲載情報は現在と異なる場合がありますので、事前にご確認ください。
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