私の中で、人力車に乗るのが許される人ランキングというものがある。ここにランクインしていない人が乗っていたら許さん、と言いたいわけではない。が、人力車は通行人から見られることを考慮し、景観としての人力車という観点からすると、乗客として好ましい属性があるのだ。一つは観光客。修学旅行客でもいい。何かしら荷物が重そうだったり、カメラをぶら下げていたりすると分かりやすい。もう一つは外国人。これは観光客にも含まれるが、そうでなくても日本に住んでいようと、外国人でさえあればいい。日本古来のもの+外国人の組み合わせは実に相性がいい。
つまり、人力車は「エクスキューズ」が必要な乗り物なのである。観光客だから特別な体験をしたい、外国人だからいかにも日本らしいものを楽しみたい、といった具合に。このエクスキューズなく身一つで乗るとどうだろう。例えばそこらへんのサラリーマンが人力車に乗っている姿を想像すると、急に恥ずかしくなってしまう。
ところで、話は変わるが、どうも一人で行動することの最大のハードルとなっているのは、「恥ずかしい」という感情らしい。一人でどこかへ行くことに二の足を踏む人の根っこを辿ると、たいていこれが原因なのだ。一人は楽しい、一人は得をする、一人は煩わしさがない、といくら熱弁したところで「恥ずかしい」のもとには無力。メリットを説いたところで、「恥ずかしい」これ一つですべてがパァになるのだ。誠に遺憾である。
「恥ずかしさ」について知りたい一心で、私は人力車に一人で乗ろうとしていた。これから1時間の人力車体験で浅草の見どころを紹介せんと意気込む車夫の俥慈松(くるましげまつ)さんには悪いが、浅草観光への興味は薄ぼんやりとしている。なにしろ、生まれも育ちも東京で、今さら浅草の観光スポットについて案内される必要に特に駆られていないというのもある。
車夫さんに手を取られて乗車する。なお、ここの人力車の店は、30分から3時間までのコースが選べるようになっており、3時間コースには「お姫様・お殿様コース」と名付けられている。つまり、そういう心持ちで乗車すべきなのだ。
大通りに出る前に、車夫さんの自己紹介、そしてこれから巡る浅草のスポットのおおまかな説明があった。
さらには、こちらから聞くよりも前に「お一人で人力車に乗って観光される方も結構いらっしゃるんですよ」と先手を打ってくる車夫さん。絶対嘘だ。
俥は大通りへ向かってスピードを上げ、私の表情筋は硬さを増す。
ピークに達した緊張感とは裏腹に、通行人は思いの外、我関せずであった。いくら浅草において人力車が走っているのは当たり前の光景とはいっても、一人であるぞ? 我、一人で乗っているぞ? もっとこう、ないのかね。
大通りを越えて路地に入っても、変わらず一人人力車の受け入れ態勢は万全だった。住宅街を通ろうが、公園を通ろうが、視線のしの字も感じる様子がない。
浅草寺の神様の説明などを一通り終え、俥はさらに浅草の奥地へ。
かくして、浅草の街を人力車で運んでもらったわけだが、一人で乗っているともっと怪訝な顔をされるのと思いきや、そんな様子は微塵も感じられなかった。車夫さんが最初に言っていたように、一人で人力車に乗る人は実際、本当に多いのかもしれない。観光目的でもないのに人力車にしかも一人で乗るだなんて後ろ指を指されるかもしれない、と思って、私はそのリスクヘッジとして恥ずかしいと思っていた。
人が「(それをするのは)恥ずかしい」と思うのは、こうあるべき、と無意識に心の中で思っていることから生まれる弱さなのだ。「普通じゃない」と思われたくないから、恥ずかしいと思う。少数派でありたくないから、一人を嫌がる。「恥ずかしくて一人でお店に入れない」と言う人は、食事は一人で行くべきではない、遊びは複数人で行くものである、ということを他の誰よりも自分が自分に課しているのではないだろうか。人力車を降りながら私は、「人力車に乗るのが許される人ランキング」を作っていた自分を何よりも恥じたのだった。
一人人力車を楽しむ3カ条
その1 一人で乗っていても拍子抜けするくらい浮かない
その2 浅草の知られざるスポットを教えてくれる
その3 「恥ずかしさ」は自分の弱さであり、ソロ活の敵である
〒111-0034
東京都台東区 雷門2-3-5
浅草駅
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※本記事内の情報は2015年10月15日時点のものです。掲載情報は現在と異なる場合がありますので、事前にご確認ください。
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