どん底も味わった―――あの芸人の「再ブレイク」支えた“オアシス”のようなお店があった
元気が出ない時、疲れた時にふと食べたくなる食事、皆さんにはありますか?長い下積み、大ブレイクからの落ち込み・・・辛酸をなめながらも芸能界の荒波を生き抜いてきた芸人たちにも、支えになるような思い出の味がありました。
そこでレッツエンジョイ東京では、吉本芸人たちの「食」にスポットを当て、辛い時やスランプに陥っていた時期に訪れていたお店と思い出の味を「オアシス飯」と題し、3組の芸人たちの想いやこれからについて、全3回にわたってお届けします。
第2回目は、2015年ユーキャン新語・流行語大賞トップ10にも選ばれた「安心してください、はいてますよ」の決めゼリフでお馴染みのとにかく明るい安村さん。一時テレビから姿を消しましたが、最近では人気バラエティー番組を中心にさまざまなネタを披露し、新たな一面を見せてくれています。チャレンジ精神を忘れず快進撃を続ける安村さんと一緒に、思い出の店を訪れました。
安心してください、安くて美味いですよ!/中華菜房 達磨
―――吉本の本社や劇場「ルミネtheよしもと」もある新宿は、吉本芸人さんにとってはどんな場所ですか?
とにかく明るい安村さん(以下、安村):ホームのような場所ですね。僕は「アームストロング」というコンビで2000年にデビューしたので、ルミネとほぼ同期なんですよ(オープン当時の名称はルミネホール「ACT」)。
今年(2021年)20周年のルミネができてすぐの頃から出させてもらっているので、新宿にはもう20年通っていることになりますね。ルミネからも近いこの界隈は、本当に東京で一番来ている場所だと思う。
―――「中華菜房 達磨」はいつごろから来ているんですか?
安村:えーと、いつだろう・・・最初に来た時のことは覚えていないくらい昔ですね。店の向かい、目の前のビルに劇場があって、若い時めちゃくちゃ出てたんですよ。そういえば、もうその時から「達磨」は定番飯でしたね。
劇場からも駅からも近くて、安くて美味くて量も多い。昼と夜の間の中途半端な時間帯にも開いていて。いろいろな意味で最高の店なんですよ。楽屋で絶対誰かしらが「この後、達磨行く?」って合言葉みたいに言うんですよね。
劇場の“うまい店情報”にはみんな敏感で、特に大阪から上京してきたばっかりの芸人さんとかは「達磨ってどこですか?」と食いついてくる。吉本芸人なら一回は来たことがあると思います。スリムクラブなんていつもコンビでこの店来てますよ(笑)。コンビで飯食うのあいつらくらい。
この界隈で一人で飯食うかってなった時も、一応どうしようかな〜ってぶらぶらしてみるけど、結局ここに来ちゃう。
安村:何回来てもメニューはいつも見ちゃいますね。種類が多くて見てるだけで楽しいんですよ。でも、結局頼むのは毎回ほぼ同じ「レバニラ定食」。僕、レバニラがめっっっちゃ好きで。でも奥さんがレバー食べられないから、レバニラは外で食べてきてくれと言われていて。
他の中華屋に行ってもだいたいレバニラを頼むんだけど、「達磨」のレバニラは特に好きなんですよね。なんて言ったらいいのかな・・・緊張しないレバニラなんですよ。とにかくちょうどいいレバニラなんです(笑)。
―――普段「達磨」ではお酒も飲まれますか?
安村:飲める時は飲みますね。一人で来て昼間から飲んだりもします。最高でしょ?まずは瓶ビールを頼んで、メニュー見ながら楽しんだりして。
ランチの時間帯はサラリーマンさんが多いから飲んでいる人はほとんどいないんだけど、「なんだ、あいつ」みたな視線を感じつつ飲むビールがたまらないんですよね。
安村:くぅーーー!美味い。うわ、久しぶりだな、「達磨」で飲むの。やっぱり、最っ高ですね!
―――今日はいつぶりの来店ですか?
安村:最後に来たのがコロナ禍前だからもう2年ぶりくらいですね。その時もたしか劇場終わりで来た。それまでは少なくとも月に1回は来ていたので、2年も来なかったのは20年の間で一度もないんじゃないかな。だから、今日すごい楽しみでした。
―――その時はすでに再ブレイクの兆しが見えていた頃ですか?
安村:いやいやいやいや、もう全然ダメな時期でしたね。「有吉の壁」(日本テレビ系列)もまだレギュラー化が決まっていなかった時だから、テレビの仕事も全然なくて・・・そう思うと、うわ〜今日は感慨深いな。
“褒められたい”を原動力に!とにかく動くことで掴んだ再浮上のきっかけ
―――今、芸人として再評価されていますが、低迷していた時期はどんなことを考えていたんですか?
安村:いやぁ〜。2016~2020年の4年間は迷ったり、悩んだりしましたよね。なかなかテレビの仕事も入らないから少しでも前向きにと月に1回、新ネタを披露するネタライブとかやってましたけど、あの時期はネタをやること自体がもうすごい嫌になっていました。
コンビの時はある程度自分たちの形ができていたしツッコミもいるから、新ネタがすごいスベるということはなかったけど、ピン芸人になってからめちゃくちゃスベって本当にしんどかった。それでやっとウケたのがあの裸ネタだったんです。
それが一転、これは自業自得ですけど・・・スキャンダルで裸のネタがやりにくい状況になって。普通のネタをやるとあの裸ネタはやらないのかと言われ、裸のネタをやったらやったで冷めざめとした反応になる。他にウケるネタもないので、もうどん底でした。
安村:それで辞めるのは簡単だから、一度腹をくくってめちゃくちゃネタをやってみようと月に1回ネタライブを1年間やってみたんです。ダメなら別のことを考えようと。それでやってみたら、結果やっぱりすっっっごい嫌でした(笑)。全っっっ然ウケない。
でも、芸人を辞めようにも他の仕事をやる想像がつかない。才能もない、趣味もない、得意なものもない、商売っ気もない。じゃあ、お笑いやるしかない。やっぱりネタをやるしかないとふりだしに戻ってくる。その繰り返し。
結局、とりあえず浅〜いネタを動画でSNSにあげ始めてみたら、やってる感が出るんですよ(笑)。毎日あげていると芸人とか周りのスタッフさんからも頑張ってるねとか、すごいねと言ってもらえた。
それが単純にうれしかったのと、お笑いをやってる雰囲気を出すためだけにやってました。面白くないというコメントもいっぱい来たけど、浅いネタだからしょうがない(笑)。
安村:でもそのおかげか、特番時代の「有吉の壁」から声をかけてもらえた。常に動いていることは大事なんだなと思いましたね。あとは周りへのアピール。僕の場合は、褒められたいという一心からでしたけど。
結果的に、今そこからテレビで何回もやれるネタがたくさん生まれているので、浅いネタでもとりあえずやっていて良かった。まず数をこなすことの大切さは今感じてますね。
これが俺の「オアシス飯」!20年間いつもそばにいてくれた、変わらない味
安村:うれしい〜!今日、ガチで食べたかったメニューですね。くぅ〜!うめぇ〜!やばい。めちゃくちゃ美味しい。懐かしい。
安村:このレバニラにセットで付いてくるスープがね、またたまんないんですよ。中華スープにとき卵。器が陶器なのでめちゃくちゃ熱くて、持つとびっくりするんだけどそこがいい。気を使わない、緊張しない感じのこういう飯が好きなんですよね。最高じゃないですか?
安村:「餃子」はだいたい誰かとシェアすることが多くて、「キクラゲと玉子炒め」は誰かが食べてると食べたくなるメニュー。レバニラ頼んでるのに、今日はあっちだったかもって気分にさせられるメニューです。
―――まさに今回のテーマの「オアシス飯」でしょうか。
安村:ですね。落ち込んだら食べに来るというよりは、いつも変わらずそばにいてくれた飯かな。20年間の思い出も詰まっている懐かしい味なんだけど、毎回本当にめっっっちゃくちゃ美味いなと思う。伝わりますかね、この緊張しない感じのレバニラ。外食なんだけど、家の飯みたいな。新宿に「達磨」があると思うと安心するんですよね。
―――まるで奥様のような存在ですね。
安村:えぇ!?(笑)そんなつもりはなかったけど、そばにいてくれるだけでありがたいのは本当にそうです(笑)。
―――奥様から再ブレイクについて反応はありましたか?
安村:何っっにもないです。僕がちょっとしたことですぐ調子に乗るんで、ちょうど良いですね。浮き足立ったところをしっかり止めてくれて(笑)。
低迷を経て覚えたことは「戦い方」。武器は変えず戦場を駆け抜ける
―――再ブレイクといわれている現在の心境は?
安村:いや本当にもう「有吉の壁」のおかげです。こういう取材やいろいろな番組に呼んでいただけることももちろんすごくうれしいんですが、他の芸人やスタッフさんから「番組見てるよ」「笑った」と声をかけてもらえることが、今本当にめちゃくちゃうれしいですね。
「有吉の壁」がレギュラー化したのが、純粋なお笑い番組がほとんどない時期。だから、めちゃくちゃうれしかったんですよ。僕はしっかりとしたネタ番組でやれるネタがなかったから、ふざけたネタができるのは本当にありがたかった。
芸人がやりたいことをそのままやらせてくれる番組って本当に貴重で、ネタ番組に出演できても、中身を調整されることは普通にある。でも、この番組はそれがまったくないから、スベる時は死ぬほどスベって、全責任が自分にくる(笑)。
自分がやりたいネタだから、どうしてもウケたいしみんな必死。だからこそ空回るし、焦るし、ぐちゃぐちゃになる。めちゃくちゃしんどいけど、めちゃくちゃ楽しいです。
安村:頭も体も使うから、収録ではめちゃくちゃ腹減るんですよ。自分の中で「これでネタは終わり」と思っても、有吉弘行さんの「それで終わりじゃないだろ」「まだありそうだな」の一言で、頭がギューーン!!ってフル回転する。でも、だいたい何も思い浮かばない(笑)。
放送ではだいぶ割愛されているけど、俺とパンサー尾形の二人で20分以上やっていることもある。本気で追い詰められてます。それでも有吉さんに「いいのか?」と聞かれたら、やっぱり「もう一回やらせてください」と言うしかない(笑)。
だから、終わった〜!って食べる弁当がもう最高。収録終わりに楽屋で冷えた弁当をガツガツかきこんでいる時が一番気持ちいい。どうしようもないくらいスベってるから、達成感はないんだけど、頑張った充実感はある。
―――最初のブレイクと今の再ブレイクで違うことはありますか?
安村:ありますね、実感したのは2015年に明石家さんまさんが司会の番組に出た時のことです。
僕の前列には今田耕司さんとホリケンさんが座っていて、僕はその真後ろに座って「この収録早く終わんねえかな」と思っていたんですよね。僕は銃弾のようにトークが飛び交う戦場で、とっくに折れた竹やり一つ持って座っているだけの状態なのに、戦いがすごすぎて、座っていることさえ辛かった。
その日の収録後、今田さんとホリケンさんがご飯に誘ってくれたんです。そしたらお二人が「なんであの時言えなかったんだ」「あの時アレが言えればウケてたな」とか、機関銃を持って戦場で活躍していた人たちが本気で反省会を始めたんです。
それ見て「マジか」と思いました。こんなすごい人たちが収録終わってから反省している。まだ上を見て「なんでできなかったんだろう」と本気で悔しがっている。こんなすごい人たちがこんなこと考えている世界で、竹やり一つで生き抜けるわけないですし、これを一生やらなきゃいけないなら自分には無理かもしれないとも思いましたね。
安村:2021年、またその番組に呼んでもらえたんです、同じ戦場に。しかも2021年お正月の生放送です。錚々たる先輩がいるから、黙って何もせず1時間やり過ごすことはできる。でも、やっぱりなんとかして出なきゃと思って、武器は同じ竹やり一本だけど先を精一杯尖らせて臨みました。
もう時間がないという空気になった時に「ここだ!」と思い切って手を挙げたんです。「さんまさん、ネタやらせてください!」って。そしたら、それがきっかけでもうひと盛り上がり作ることができた。手応え、感じましたね(笑)。
銃弾が飛び交っている中、さんまさんという巨大な戦車に向かって、竹やり一本で戦場に駆け出したことで、新しい流れがつくることができた。
竹やりだってできることがたくさんあるんだということに気づけたのは僕の中で大事件だし、大進歩でした。それをきっかけにその番組にたまに呼んでいただけるようになったのもうれしかったですね。
とにかく明るい安村が目指すもの———先を考える余裕が持てないくらい“今”を一生懸命に
―――最後に、再ブレイクを果たした今、新たに目指す場所はありますか?
安村:いやぁ〜、最後に難しいの来たな。あんまり考えていないんですよ、先のことを。先のことを考えると失敗するタイプなので。欲が出ちゃうとダメになるんです。
たとえば、番組でも「次も呼ばれたい」と思った途端に手を挙げられなくなる。流れを止めてしまうかもと、余計なことを考え始めちゃう。失敗したら次は呼ばれない。じゃあ、手を挙げない方がいい。どんどん悪い方に考える。
だから、今日ここに呼ばれた意味だけを考えて、「今日呼んでよかったな」と思ってもらえることを考えるようにしています。2015年のブレイクの時は次のことばかり考えていたけど、いいのか悪いのかわかりませんが今は先を考えなくなりました。
僕は本当に調子に乗りやすくて、身の程を知っていてもどうしても過信しちゃうんですよね、自分を。だからとりあえず、今日の仕事を頑張る。先を考える余裕は持たないくらい、目先の収録を乗り切ることで頭をいっぱいにする。
ピン芸人になる時に、先輩芸人の佐久間一行さんからいただいた「とにかくネタを頑張って、目の前にいるお客さんを笑わせることに重点を置くことが大事」というアドバイスが、今になって身に染みています。
安村:ずっと東野幸治さんからだけは「お前が売れなくなったのはスキャンダル関係なく実力や」と何回も言われていたんです。「あれがなくてもお前は仕事がなくなっていた」と毎回言われて、今は本当その通りだなと思いますね。
あと、「有吉の壁」がレギュラー化するずっと前、有吉さんから「おまえは番組のただのコマなんだからコマとして動かないとダメだ」「自分が主役なんじゃなくて、一つのコマなんだからそれを自覚しろよ」「将棋なら飛車や角じゃなくて、お前は歩だからな」と言われたことがあって。
言われた時はすごい厳しいこと言うなと思ったけど、今は胸に刻んでいますね。一個一個ちゃんとやれってことだと思っています。欲を出さずに目の前の自分にできることをちゃんとやれ。歩として盤の上にコマとして乗せてもらえていることに感謝しろ。
有吉さんも東野さんも、なかなかそんなこと言ってくれる人っていないですよね。言ってもらえるだけありがたいです。だから今のこの状況にも、「本当にありがとうございます。調子乗らずに一つ一つ一生懸命やります!」という気持ちしかないですね。
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東京都新宿区新宿 3-31-5 新宿ペガサス館 1F
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取材・撮影・文/君島有紀
気付きと出会える、おでかけの連載「Hat!」
- 本記事内の情報に関して
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※本記事内の情報は2021年11月24日時点のものです。掲載情報は現在と異なる場合がありますので、事前にご確認ください。
※本記事中の金額表示は、税抜表記のないものはすべて税込です。