今までに二回、「バー恋愛をした人の話」を聞いたことがある。一回目は5年前、二回目は1年前のことだ。「新しい彼氏(彼女)とはバーで知り合って~」と聞いた際に、その二回とも、なんとなく面白くない気分になった。普段、私は知人に恋人ができようができまいがわりとどうでもいいと思っている。いつもそれなりに祝福こそすれ、呪ったことなどないのだ。なのに、過去にこの二回だけ、なぜか妙に引っかかっていた。


と言っても、日々生活していると忘れてしまう程度の些細な引っかかりで、バーの話題が出たときに薄っすら思い出すくらいだった。そんな折、ホテルで働く知り合いから「一人でホテルのバーに挑戦してみるのはどうか」と提案をいただいた。


ふらりとたまたまこの記事に辿り着いた方々に向けて説明しておくと、これは「ソロ活」という連載で、毎回「誰かと一緒にどこかへ行くよりも、一人で行くほうがいいに決まっているのだ!」という主張をしている(なんともう3年間も!)。バーに一人で行くのは楽しいことなのだろうか。そもそも私はバーが好きではない。例によって「バー恋愛をした人の話」を思い出しながら、一人バーをするべきか否かを考えあぐねていた。


私はバーが怖い。バーテンダーの目の前に座り、何が何だかよくわからないメニューを前に、無知を晒せない。バーというおしゃれな空間に見合っていない自分の姿にいたたまれなくなる。あの有名な「あちらのお客様からです」だって、もしも本当にそんなことをされたら、どうしていいかわからずただ怯えるだけに決まっている。バーは「大人の出会いの社交場」などと言われることもある。ということは、バーに行ったら出会って社交しなければならないのだ。嫌すぎる。バーは選ばれし者だけが足を踏み入れることのできる聖域だ。


バー恋愛の知人の話に戻るが、バー恋愛をしたということは、つまりその人は一人でバーに行ったのである。一人でバーに行き、見知らぬ誰かと出会い、「あちらのお客様からです」をしたりされたりしたのかもしれない。私はたぶん、その人が「一人でバーに行ける」という点に嫉妬していたのだ。私が不得意なことをしている、私には到底できそうにない経験をしているのが羨ましい、と。こんなこじらせ方をしていたことに、自分でもゾッとした。とはいえ、こういうよくわからない部分に執着していることって誰にでもあるようにも思う。

▲一人、ホテルのバーに来てしまった

▲一人、ホテルのバーに来てしまった

ある8月の夕方17時、結局私は京王プラザホテルにいた。ずいぶんぐずぐずとしていたおかげで、最初に提案があったときから半年もたつ。バーに行く時間としては17時という時間は少し早めな気がするが、この時間から入ると、高層階から見える景色が夜景に変わる瞬間を楽しめるのだという。

▲「スカイラウンジ<オーロラ>」

▲「スカイラウンジ<オーロラ>」

京王プラザホテル45階にあるバー「スカイラウンジ<オーロラ>」には、カクテルディナーというメニューがある。前菜、メイン、デザートのミニコースに、100種類以上の飲み物(カクテルディナー専用メニュー)を自由に3杯まで選べてなんと7,000円(サービス料込み)。高級ホテルのバーとしては破格の値段設定なのだ。飲食店のお得なプランメニューは2名以上からしか注文できないことも少なくないが、このカクテルディナーは1名からオーダーできるのもいい。

▲カクテル「ブルーダイキュリ」

▲カクテル「ブルーダイキュリ」

通されたのは窓際のテーブル席だった。バーというからにはバーテンの目の前のカウンター席を想像していたのだが、ここはカウンター席のほかにもテーブル席が多数あり、テーブル席はレストランのような作りに近い。一人で使うには大きすぎるテーブルに、むしろ安心感を抱く。テーブルが大きいおかげで、隣の席の人との距離も遠い。一つのテーブルにつき大きな椅子が二つ並んでいるところから、二人客が並んで座ることを想定されているのだろう。使われていないほうの椅子を見て、守られているような気がした。大丈夫だ。怖くない。


ほかの人の目線がほとんど気にならない状態で目の前の景色に集中できるここのバー、思いのほか居心地がいいかもしれない。バーに対して抱いていた恐怖がするすると溶けていくのを感じた。

▲メニューに説明が多く、どんなカクテルなのかわかりやすいのも嬉しい

▲メニューに説明が多く、どんなカクテルなのかわかりやすいのも嬉しい

▲前菜とブルーダイキュリをいただく

▲前菜とブルーダイキュリをいただく

それにしても、ずいぶん話が違うじゃないか。バーテンダーとコミュニケーションを取る必要もなければ、周りが指輪をパカッとするカップルだらけなわけでもない。「あちらのお客様です」の一言も聞こえてこないし、連れの女性にホテルの鍵(棒状のやつ)をスッと出すオッサンもどこにもいなかった。カップルはいるにはいるが、外国人観光客や商談中と思しき人々、女子会をしている女性グループ、一人客、と客層はかなり雑多だった。時間帯が早かったからかもしれないが。私が滞在していたのは17時~20時半頃まで。このあとから深夜に向けてが指輪パカッなどのゴールデンタイムなのだろうか。

▲お茶のような入れ物に入っているこれもカクテル

▲お茶のような入れ物に入っているこれもカクテル

▲カクテル「伊万里」

▲カクテル「伊万里」

▲だんだん日が暮れてきた。カクテルは「セレブレーション」

▲だんだん日が暮れてきた。カクテルは「セレブレーション」

そもそも、よくよく考えたら、頭の中にあった「バーのイメージ」はどれもドラマや映画、マンガなどで刷り込まれただけのぼんやりとした知識である。あのドラマでもあのマンガでも、単にバーで出会って社交している人たちだけを切り取って描かれていただけで、それはバーの使い方のほんの一部にすぎない。

▲デザートとカクテル「獺祭スパークリングのベリーニ」

▲デザートとカクテル「獺祭スパークリングのベリーニ」

▲日が落ちるギリギリの瞬間

▲日が落ちるギリギリの瞬間

▲夜景が広がり、バーっぽくなってまいりました

▲夜景が広がり、バーっぽくなってまいりました

単なる思い込みで「一人で行けない」「自分には無理に決まっている」と決めつけてしまっている場所は案外多い。一人でどこかへ行くのは、そういった思い込みやコンプレックスを一つひとつ潰していく行為ともいえるかもしれない。一人で行ける場所が増えるたびに、一人でいることがどんどん楽しくなっている。一人で行ける場所がたくさんあるという自信が、「一人である私」を肯定してくれるのだ。

▲カクテル「和の香るジントニック」とノンアルコールカクテル「シンデレラ」

▲カクテル「和の香るジントニック」とノンアルコールカクテル「シンデレラ」

一人ホテルのバーを楽しむ3カ条

その1 バーテンダーとのコミュニケーションを避けたいなら、テーブル席のあるバーへ

その2 ホテルのバーなら席が広くて隣の人の視線も気にならない

その3 バーに行ったからと言って、出会ったり社交したりしなくてもOK


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※本記事内の情報は2017年09月27日時点のものです。掲載情報は現在と異なる場合がありますので、事前にご確認ください。
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