コーヒーとアート。料理とワイン。そこに対話があれば、おいしさもアートの魅力もいっそうひろがると気づく場所。
狭い通りの両側に小さなお店が軒をつらねる笹塚十号坂商店街。どこか懐かしい匂いの漂うその道が左右に分かれる角に、ほんの少しだけ正体不明な佇まいの茶日がある。
なぜって、「こんな内容のお店です」と道行く老若男女にわかりやすくアピールするサインは出していないのだ。扉を開けて入ってくるお客はもっぱら、ここが落ち着いて食事やアートを楽しめるカフェだとあらかじめ知っている人か、カフェ耳を立てて――つまり聴き耳を立てるようにして、素敵なカフェをキャッチするアンテナを張っている人になる。
店内に入るとL字型の空間が奥に伸びていて、思いがけない広さに驚かされる。かつては木造家屋で使われていた古い波板ガラスの窓が、ランプの光を淡く反射する風情が美しい。
「こんにちは」若いスタッフが気さくに声をかけてくる。いらっしゃいませと言わないのは、家に帰ってきたようなくつろぎを味わってもらうためだ。
子ども連れの女性もビジネスマンも愛用する正午から15時までのドリンク付きランチ。静かな午後のコーヒーとスイーツと読書。18時からスタートする充実した料理とワインの楽しみ。どの時間帯もそれぞれに魅力的だが、店内が最もにぎわうのは夜遅く。仕事帰りの人々が一日の終わりに良い時間を過ごそうと、茶日に集まってくるのだ。
夜に訪れたら真っ先に注文したいのが、お得で彩りも楽しい前菜の盛り合わせ。ワインやビールを飲み始めるときに最良の相棒になる。この日の内容は、シマアジのカルパッチョ仕立て、パテ・ド・カンパーニュ、生ハム。ナスとズッキーニのカポナータ、ブルーチーズを散らしたキャロットラペ。「お飲みものやお客さまのお好みに合わせて、少しアレンジすることもできます」とスタッフが言葉を添える。
1人で来店したならこの前菜の後にパスタかリゾット、そしてコーヒーで締めくくれば充分に幸福になれる。2人以上なら牛肉のたたきやチキンのハーブローストなど、その日の黒板メニューやグランドメニューなど豊富に揃った料理の中からあれこれ選びたい。
“きのうの話の続きができるお店”でありたい。オーナーの高木啓至さんはそう考えている。「先日は〇〇を召し上がられたので、今日はこんなお料理はいかがですか?」しっかりコミュニケーションをとりながらその日の状況にふさわしい提案ができれば、と高木さん。料理写真をメニューに載せないのも、それが接客の糸口になるからだ。ゆえに選択に迷ったら「どんなお料理ですか?」と、気軽にスタッフに質問してみるといい。会話が生まれてお互いの顔が記憶に刻みつけられ、そんな時間が重なるにつれて小さな信頼関係が育っていくのだ。
茶日は隣駅の代田橋にあるギャラリーカフェ「CHUBBY」の姉妹店として誕生した。かつてロンドンで暮らした高木さんは現地のギャラリーで働き、アート作品を気軽に購入して楽しむ文化を体験してきた。「野菜やフルーツを買うようにアートを購入し、身近に置いて楽しむ文化を日本で育てられないだろうか。カフェの強みは間口の広さ、そして僕たちが作家の人となりをお客に伝えられること」そんな思いで開いたCHUBBYは多くのファンを獲得して街に定着し、昨年10周年を迎えた。
「CHUBBYを通してものづくりをする人々との交流が増えていった。そのつながりをひとつのお店として表現したいと思ったのが、茶日を作った理由です」
たとえば、L字型の広い空間に豊かなニュアンスをもたらしている白い土壁は、左官職人として各地で活躍する都倉達弥さんが手がけたもの。色調を抑えた椅子やテーブルは愛媛県の手作り家具工房「TOWER」にオーダーしたオリジナル。食事しやすい高さを大切にしたため、ローテーブルはひとつもない。真空管アンプもオーダーメイドである。もちろん、街の人からの要望もあった。駅前にチェーン店が並ぶ街にも、大人がゆったり過ごせるカフェが欲しいと。
「共感する作家の作品を購入することや、個人経営のお店を愛用することは、その世界を応援するという意志表明になります。そんなふうにお金の使い道を選ぶ人が増えていけばお店が変わり、やがて街が変わっていくはず」
とはいえ、肩に力を入れずに新しい世界へと歩んでいけるのがカフェの身上。だからまずはおいしい湯気が上がるテーブルごしに笑顔を交わしながら、友人とも、カフェのスタッフとも、きのうの話の続きを楽しみませんか。
text&photo / Yoko Kawaguchi
2008/05 | 福岡市内のカフェを中心にしたイベント「カフェウィーク」に参加。カフェ間の交流がひろがり、CHUBBYの認知度が上がる。 |
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2010/05 | 笹塚に茶日をオープン。 |
2013/04 | 3周年イベントとして、左官職人の都倉達弥さんのトークと音楽ライブの会を開催。 |
2013/12 | クリスマス4日間の特別ディナーコースを企画。高額にもかかわらず予約客で盛況となり、以降毎年恒例の行事となる。 |
2014/05 | 4周年記念に「料理とワインの会」及びライブを開催。 |
2015/05 | 5周年記念に特別料理とライブのイベントを実施。 |
2015/08 | CHUBBY10周年記念として、1週間にわたり集大成的な日替わり特別イベントを開催。第一夜は高野寛×宮川剛ライブ。 |
- 茶日
- 住所:東京都渋谷区 笹塚2-10-7
最寄り駅:笹塚
まだある!川口葉子おすすめの東京・笹塚カフェ
高知県の気鋭のロースター「Joki Coffee」のコーヒー豆を使用したコーヒースタンドが2015年12月に誕生。アアルトの家具を配した店内は、北欧テイストの洗練とあたたかさを漂わせている。気さくなスタッフと言葉を交わしながら、コーヒーやラテ、サンドイッチや小さな焼き菓子が楽しめる。
- Pieni Joki Coffee
- 住所:東京都渋谷区笹塚3-14-1
最寄り駅:笹塚
ガレットの本場、フランス・ブルターニュ出身のガレット職人と日本人の夫人が営むガレット&クレープ専門店。ブルターニュの民家のイメージを取り入れた小さな店内で楽しむガレットは、蕎麦粉の生地の周辺がサクッと香ばしい。
- メゾン ブルトンヌ ガレット屋
- 住所:東京都渋谷区笹塚3-19-6
最寄り駅:笹塚
麦の穂をイメージした外観が印象的な、天然酵母の豊かな魅力を伝えるベーカリー&カフェ。1階と2階にカフェスペースが設けられ、焼きたてのパンやキッシュ、野菜や肉の旨みたっぷりのスープなどが味わえる。パン教室も好評。
- トゥルナージュ 笹塚店
- 住所:東京都渋谷区笹塚3-14-1
最寄り駅:笹塚
- 【Vol.1】zarigani cafe/夕暮れどき、キャンドルの炎がゆらめく場所
- 【Vol.2】かみむら食堂/手塩にかけたごはんと、優しい居場所
- 【Vol.3】ZOZOI/池袋モンパルナスの記憶と、公園の緑を愛でる場所
- 【Vol.4】coffee caraway/コーヒーの優しい時間
- 【Vol.5】cafe 634/小さいけれど確実な幸福がみつかるカフェ
- 【Vol.6】トムネコゴ/珈琲と読書と音楽と、名づけようのないもの
- 【Vol.7】珈琲貴族エジンバラ/24時間眠らない新宿で、40年間愛され続ける理由
- 【Vol.8】TIES/スイーツとコーヒーは恋人の関係
- 【Vol.9】すみだ珈琲/会話とコーヒーと傑作モカチーズケーキ
- 【Vol.10】NOAKE TOKYO/浅草・観音裏の小さなスイーツの名店
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※本記事は2016年01月23日時点の情報です。掲載情報は現在と異なる場合がありますので、事前にご確認ください。
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