[連載] 川口葉子の東京カフェ クロニクル ~カフェの上にも3年~

2015年1月、半世紀近くも愛される名物喫茶が移転リニューアルして待望の再開

歌舞伎町1丁目、靖国通り沿いの憩いの場として年中無休で24時間営業を続けてきた珈琲貴族エジンバラは、2014年5月、閉店を嘆くたくさんの声に見送られながら39年の歴史に幕を下ろした。老朽化したビルの解体が決まったのである。

この喫茶店はなぜそんなにも人々を惹きつけていたのだろう。いつだったか、深夜にコーヒーを飲んでちょっと驚嘆したことがある。遅い時間にもかかわらず老若男女で満席だったことと、お店の空気がまったく崩れていないことに。

日本有数の歓楽街、歌舞伎町の午前0時の喫茶店といったら、たとえ店内に心がざらつくような気だるさや騒音が蔓延していたとしてもあきらめるしかない。されどエジンバラには、各テーブルで悲喜こもごもの人間模様が繰りひろげられているにせよ、穏やかで気持ちのいい空気が流れていたのだ。きびきびした動作でこちらにやってきた制服のスタッフは、軽く一礼してメニューを渡してくれた。真夜中の喫茶店の幸福。

2015年1月、待望の再開。新しい珈琲貴族エジンバラは、新宿3丁目のシネマコンプレックス「バルト9」の向かいに移転してスタートした。

新店舗はビルの2階にあり、窓から自然光が射しこむ広々とした店内は、仄暗く純喫茶然としていた旧店舗とはまた印象が異なるけれど、往年のファンであれば照明や壁面にあしらわれた煉瓦、食器や制服を来たスタッフの顔ぶれを見て、安心と懐かしさで心が満たされると思う。いずれも旧店舗から大切に運んできた宝物ばかりだ。

「かつてのお客さんが再び戻ってきてくれるのが本当に嬉しい」と店長は語る。来店のスタイルは十人十色で、毎日のようにやって来た人もいれば、半年に1度来店して20年間通い続けた人もいる。お客のプライベートには踏み込まないがゆえに名前は知らないけれど、顔を見ればお互いに「あ!」とわかる。さらりとした、しかし温かなおつきあい。

「声の大きいお客さんに注意をうながしに行ったら、『ここで再開したんですね。おかえりなさい』と笑顔で言われて泣きそうになりました(笑)」

街の人々の日常のリズムに組み込まれる喫茶店となるために、スタッフへの教育は徹底している。「してはならないこと」だけをしっかり指導したら、あとはどうすればお客に喜ばれるかを自分で考えて行動するよう指示する。

接客サービスの仕事は、常に一瞬の選択の連続だ。現場では幾つもの作業がいっぺんに発生することがある。

「たとえば、新規のお客さんが入ってきた、店の電話が鳴ってる、向こうでお客さんが『オーダーお願いします』って呼んでる。この3つのうちどれを最初にやるべきか選択して、歩きはじめた途端に誰かが水をひっくり返す…」

想像するだけで立ち往生してしまいそうな場面。
「瞬間の判断力が問われるでしょ」と店長。喫茶店のフロアには、唯一の正解など存在しない。お客の表情や場の空気をすばやく読みとる観察力を磨いていかねばならない。

店長のもとで15年にわたってスタッフとして活躍してきた小島さんが言葉を添える。

「椅子から立ち上がったお客さまが何を欲しているか。トイレか、お会計か、書架に本を取りに行くか、それとも何か問題が起きたのか。スタッフは自分が近づいていくべきなのか、そっとしておくべきなのか、お客さまの空気を観察して判断する必要があります」

この細やかな心配りこそが、40年にわたって愛されてきた秘訣なのだ。真夜中でも崩れない空気を支えている心意気。

「お酒を呑み行くのは好きだが、そこを仕事場にしたいとは思わない。喫茶店の仕事が好きなんだ」と店長が言えば、「喫茶店でしか交わさない会話ってあると思うんです」と、阿吽の呼吸で小島さん。

「部屋でもお酒の席でもしないような話、喫茶店に座っている時なら話せるってこと、ありますよね」

珈琲貴族エジンバラで働く人々は、仕事に対しても喫茶店という存在そのものに対しても、愛と静かな矜持を抱いている。だからこそ、いきいきとした笑顔でお客を迎えることができる。

コーヒーは創業当初からサイフォンで一杯ずつ抽出している。

変わらない名物のひとつはカフェオーレ。スタッフが銀色に輝くコーヒーポットとミルクポットを客席に運んできて、高い位置からカップに注ぎ入れる素敵な演出を楽しむことができる。こうすると、消えにくい泡がたっぷりたつのだという。

HISTORY

1975/07 新宿・歌舞伎町の靖国通り沿いに「珈琲貴族」の店名でオープン。
サイフォンでコーヒーを一杯ずつ抽出して提供。
1995/07 開店20周年を機に大改装を実施し、店名を「珈琲貴族エジンバラ」に変更。
エジンバラは創業者が訪れた英国の都市。落ち着いた美しい佇まいに強い印象を受けて店名とした。
2014/05 年中無休・24時間営業する新宿の定番的喫茶店として親しまれてきたが、老朽化したビルの解体が決まり、多くのファンに惜しまれつつ閉店。
2015/01 現在地に移転。旧店舗の約2倍の広さで再開。全席電源完備、無料Wi-Fiあり。
2015/07 40周年を迎える。

SHOP DATA

珈琲貴族エジンバラ
住所:東京都新宿区新宿3-2-4 新宿M&Eスクエアビル2F
最寄り駅:新宿三丁目

まだある!川口葉子おすすめの新宿カフェ

バリスタ世界チャンピオンのポール・バセットがプロデュースするこのカフェは、早くから東京のエスプレッソ文化を牽引してきた。厳選されたコーヒー豆とバリスタの技術から生まれる極上の一杯が、広々とした気持ちのいい空間で満喫できる。

Paul Bassett 新宿
住所:東京都新宿区西新宿1-26-2 新宿野村ビルB1F
最寄り駅:新宿

地下への階段を下りていくと、色も形も不揃いな大小の可愛いソファが迎えてくれる。スイーツはもちろん、お酒に合う料理も種類豊富。女子が一人で気兼ねなく過ごせるのは、不思議に心をなごませる空気に満ちているから。

SCOPP CAFE
住所:東京都新宿区新宿2-5-11 甲州屋ビルB1F
最寄り駅:新宿三丁目

花が活けられた大テーブルと、長いカウンター席。落ち着いた待ち合わせの場所としても重宝する。マイセンや古伊万里など素晴らしいカップの数々は、店主二代で歳月をかけて集めてきたもの。お客の雰囲気に合わせて選ばれる。

自家焙煎珈琲 凡
住所:東京都新宿区新宿3-23-1 都里ビルB1F
最寄り駅:新宿

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※本記事内の情報は2015年09月26日時点のものです。掲載情報は現在と異なる場合がありますので、事前にご確認ください。
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