カップルでペアリングをつける、これは選ばれし者のみに許された催しである。結婚指輪ではなくただ交際しているだけの2人がペアでリングをするのは、年齢や職業が限定される。社会人になると、職種によっては結婚指輪以外の装飾品を会社につけていくのが憚られるかもしれない。そもそも結婚しているわけでもないのにお揃いの指輪をしているのは少々恥ずかしい。“私たちの関係”を臆面なく周囲に見せびらかすエネルギーが必要だ。ありていに言うと、若い。つまりだ。ペアリングを経験できるのは、若いころに恋愛で引く手あまただった人に限られるわけである。


ペアリング装着可能年齢を仮に12歳~22歳としよう。この期間にペアリングを体験しそびれた私にとって、この10年間は言わば“失われた10年”。そこで、この失われた10年にレクイエムを捧げんと、一人でペアリングを作りに行くことにした。一人で、手作りの指輪を、2つ、作るのである。作るのは私、渡す相手も私、私と私のペアリング。


さっそく、東京・原宿の「ついぶ東京工房」を予約した。石などをつけないシンプルなものであれば、1本5000円~、ペアで作るなら1万円だ。指輪の裏には無料で印字もしてもらえる。さらに上のコースになると、結婚指輪の手作りもできるらしい。


私が予約した回には、もう一人、「彼氏の誕生日にサプライズでプレゼントしたくて」という若い女性が来ていた。真っ直ぐに切り揃えられた前髪に、肩くらいまでの黒髪ストレート。一部だけ毛先5センチほどが鮮やかなブルーに染められていた。ああ、いかにも原宿っぽい。バンギャ(ヴィジュアル系バンドファンの女性)っぽい。バンドマンと付き合ってそう。歳のころは20歳そこそこだろうか。私が勝手に制定したペアリング装着可能年齢にはギリギリ入っていそうだ。いや、別に装着可能年齢を超えていてもいいのだけども。25歳だろうが40歳だろうが、人様がペアリングを装着する年齢にとやかく言う権利は私にはない。あくまでも私自身がペアリングを装着するとしたらの話なのだ。


さて、先に言ってしまうと、指輪を作る工程は非常に地味である。素材となる銀の棒を熱し、希望のサイズの長さに切り、輪を作る。ハンマーで輪っかのサイズや形を整えていき、削って磨く。これだけだ。


▲まずは銀を熱する

▲まずは銀を熱する

▲熱した銀で輪を作る

▲熱した銀で輪を作る

熱して叩いてを繰り返す中、職人さん(女性)と、バンドマンの彼女(推測)が話に花を咲かせる。

職人さん「彼のお誕生日はいつなんですか?」

バンドマンの彼女「明後日なんです。でも一緒に住んでるから当日までどこに隠しておこう……」

素知らぬ顔で作業を進めていたら、ついに矛先が私に向いてしまった。「(私のほうを見て)やっぱり彼へのプレゼントで?」と職人さんは聞いてくる。そんなわけなかろう。さっき私が作り始める前に進言したサイズは6号を2つ。どう考えても2つとも女性用サイズではないか。「あー、いや……」ともごもごしたのち、「一人で2つつけます」と真顔で答える。「……あっ、え、お一人で? オシャレですね」――オシャレか、そうか、よし。思いがけずオシャレ扱いされたことに気をよくした私は、この後もオシャレにこだわりがある風の顔をしてやり過ごすことにした。

▲まだ輪はいびつな状態

▲まだ輪はいびつな状態

▲凸凹している輪っかの形をハンマーで叩いて整える

▲凸凹している輪っかの形をハンマーで叩いて整える

ここからが大変である。内側を削り、上下にやすりがけをし、うまく削れているのかいないのか手ごたえのないままただただ無心で作業をする。すぐに飽きた私は、削りながら向かいのバンドマンの彼女を見ると、随分はかどっているようだった。これが「彼へのプレゼント」と「一人ペアリング(レクイエム)」の差か。

▲手も真っ黒になる

▲手も真っ黒になる

そろそろ、指輪の内側に刻印する文字を決めなければならない。ペアリングといったらやはり、「彼氏の名前&彼女の名前 フォーエバー」などが代表的だが、これを今回の一人ペアリングに応用するとなると、「自分の名前&自分の名前 フォーエバー」になってしまう。せっかく職人さんに「オシャレ」と思ってもらえているのである。怪訝な顔をされるような印字は避けたい。考えた結果、無難かつ、ペアリングっぽいラインを狙って「日付 アニバーサリー(ANNIVERSARY)」にすることにした。あながち間違ってはいない。おそらく今日、私は日本人初の一人ペアリング制作を達成したのだ。アニバーサリーと言って差し支えないだろう。一人ペアリング記念日である。

▲職人さんが文字を入れてくれる

▲職人さんが文字を入れてくれる

原宿「ついぶ東京工房」で一人ペアリングを手作りしてみた_73453
▲完成

▲完成

かくして、ペアリングをつけられなかった若き日の鎮魂の儀式は終わった。

▲「これ、作ったんだ。ペアリング」 (※指輪の箱は私物です)

▲「これ、作ったんだ。ペアリング」 (※指輪の箱は私物です)

▲「あ……、ありがとう」

▲「あ……、ありがとう」

私は私に作った指輪を差し出し、私はそれを受け取った。私と私の薬指には、私の作ったペアリングが光っていた。

▲※写真は合成(どちらも筆者の手)です

▲※写真は合成(どちらも筆者の手)です

一人ペアリングを楽しむ3カ条

その1 ペアリングを作って、冴えなかった若かりしころの自分を慰めよう

その2 作り終わったら、自分で自分に渡す儀式をするとなおよし

その3 指輪の手作り自体は、ペアでなくとも1本から可能


ついぶ東京工房
  • 所在地

    東京都渋谷区 神宮前6-6-11 ヴィラ・ハセ3F

  • 最寄駅

    原宿

  • 電話番号

    03-3407-7397

本記事内の情報に関して

※本記事内の情報は2015年09月16日時点のものです。掲載情報は現在と異なる場合がありますので、事前にご確認ください。
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