今回、物申したいのは、「ディナー」についてである。ディナーというものは、なぜこうも二人以上を前提としているものが多いのだろうか。特に、「ナントカを添えて」といった何かを添えてあるタイプのフルコースなんかが顕著である。たいていが「二名様以上」と明記されているのだ。どうして一名様ではいけないのか。不平等だ。私だって、何かを添えてある高級な食べ物を食べたい。フォアグラを食べたい。キャビアを食べたい。トリュフを食べたい。


 本当に一人でフルコースを食べられる店が存在しないとなると、由々しき事態である。フルコースはシェフが贅を尽くし技巧をこらした芸術作品のようなもの。子どもは誰しもカレーライスが好きだし、大人は誰しもフルコースが好きなものなのだ(暴論)。私は、このソロ活の連載で、一人で行動することは二人以上で行動するよりもメリットが多い、と説いてきた。しかし、フルコースが食べられないのは明確なデメリットと言わざるを得ない。このままではいけない。


 そこで、「フルコースディナー:一名様」の予約を受け入れてくれるレストランを探すことにした。時は11月。頼んでもいないのに街はクリスマスめいてきている。ディナーコースを楽しむカップルが活発化する今こそ、一人フルコース料理の道を切り開くときと言えよう。しかもどうせなら、カップルが使いたがる個室を一人で悠々と貸し切りたい。



 苦節一週間、どこもかしこも一人での予約は断られ続け、ようやく掴み取ったのは、表参道にある『ロアラブッシュ』。なんと、結婚式会場として使われることもあるらしい。そこの個室に一人、フルコースのディナーを食べに行く。いただくのはディナーコース「庭のふくろうたち」(15,000円/消費税・サービス料別途)である。


▲『ロアラブッシュ』外観

▲『ロアラブッシュ』外観

 大通りから少し入ると、突然洋館が現れる。かつて実際に人が住んでいたのだという。1934年に煙草商で財を成した千葉直五郎氏が建てたものが人の手に渡り、現在はレストランとして使われている。一人フルコースの啓蒙活動の場として使われることに、千葉さんもさぞ喜んでくれていることだろう。そう勝手に納得して、中へ入った。



 建物へ入ると、まず右手にある待合室のような場所に通される。部屋の中には、すごそう以外の感想が出てこない美術品が並んでいた。係りの人が個室へ案内してくれるまでここでしばらく待機するのだ。

▲待合室的な場所

▲待合室的な場所

 待つこと5分。部屋に案内された。館内では一番狭い個室だが、一人で使うには充分すぎる広さゆえ、座っているだけでも満足度が高い。普段はデートに勤しむ老若男女がムーディーに使う個室が、今日は私一人だけの王国なのだ。

▲お食事を待ちます

▲お食事を待ちます

 すると、ウェイターがお酒の注文を聞きにやってきた。乾杯をする相手もいないので、粛々と頼んだシャンパンをいただく。

 ちなみに「ロアラブッシュ」は、一人で3時間くらいかけてフルコース料理を楽しんで帰っていくお客さんも少なくないらしい。やはり世の中には一人フルコースの需要はあるのだ。喜ばしいことである。だが、一般的に一人でのフルコース予約を受け付けていない店が多いのは事実。この日、担当してくれたウェイターによると、「もともとフルコースの料理は貴族が屋敷に人を招いて、自分の財力を見せつけるために、つまり“人に見せるため”のものとして始まったんです。だからその名残で、一人客をお断りしているお店が多いのだと思います」とのことだ。

▲ディナーコース「庭のふくろうたち」

▲ディナーコース「庭のふくろうたち」

 “人に見せるため”とは言うが、見せびらかす財力もない下々の者のうち、果たして飲み食いしているところを人に見られたい人はどれだけいるのだろうか? 私はできることなら避けたい。口元にソースがうっかりつくかもしれない、お皿に添えてある謎のハーブのようなものの処遇はどうすればいいのか。食べていいのか、よけるものなのか、残しても失礼ではないのか。ナイフとフォークはどのくらいの角度を保てばいいのか、皿に盛られた食材の食べる順番に決まりはあるのか。言い出したらキリがないが、食べ物が格式高くなればなるほど、かかる精神的コストも増え、それが味わうことの邪魔になると思っている。

▲コース最初のメニュー「食前の小さなお愉しみ」。だからこういうサーモンの上に乗っているコレはどうすればいいのか

▲コース最初のメニュー「食前の小さなお愉しみ」。だからこういうサーモンの上に乗っているコレはどうすればいいのか

▲「オマール海老と帆立貝のメダイヨンを添えたセップ茸のフラン 秋トリュフの薫りと西洋梨のフィルム」。これにも飾り付けのハーブ的な何かが……

▲「オマール海老と帆立貝のメダイヨンを添えたセップ茸のフラン 秋トリュフの薫りと西洋梨のフィルム」。これにも飾り付けのハーブ的な何かが……

 結論として、フルコース料理を一人で食べに行ってみて、一番のメリットはその「精神的コスト」からの解放にあると感じた。人に見られることがないからこそ、足枷なく料理の味に集中できる。どんな顔をして食べてもいいし、ハーブの処遇に逡巡することもない。午前中の人がいないオフィスのほうが仕事が捗りやすいのと原理は同じである。他者の存在は、対象への集中をしばしば削ぐのだ。

▲「フランス産 鴨のフォワグラのソテー 本日のスタイルで」

▲「フランス産 鴨のフォワグラのソテー 本日のスタイルで」

 フォアグラをどんな顔をして切ってもいいし、

 食べる前に愛おしそうに見つめたっていい。

 大事そうに少しずつかじったって、周りにはそれを咎める人はいない。

 大きな塊を一気に口に含んでも、私の自由である。

 一緒に来た人に気を遣って「おいしいね」とオーバーに表情に表さなくてもいい。本当に悲しいときは涙も出ないと言う。それと同じで、本当においしいときは、表情を作っている場合じゃないのだ。

▲「本日入荷の鮮魚のポワレと旬野菜のアンサンブル ハーブ薫る甲殻類のソース」

▲「本日入荷の鮮魚のポワレと旬野菜のアンサンブル ハーブ薫る甲殻類のソース」

▲「子羊背肉のフォカッチャ包み焼き 旨味を凝縮したジュのソースで」

▲「子羊背肉のフォカッチャ包み焼き 旨味を凝縮したジュのソースで」

 「ソロ活」、「一人行動」とは、周りにいる誰かの存在による「精神的コスト」を極限まで減らすことなのである。

▲「巨峰のエピスマリネ 滑らかなヴェルヴェーヌのクリームと共に」

▲「巨峰のエピスマリネ 滑らかなヴェルヴェーヌのクリームと共に」

▲「安納芋のミルフィーユ仕立て メープルのアイスクリームを添えて」

▲「安納芋のミルフィーユ仕立て メープルのアイスクリームを添えて」

一人コース料理を楽しむ3ヵ条

その1 最も苦労するのは予約。断られ続けてもめげないこと。

その2 周りに人がいない分、食事のおいしさに集中できる。

その3 一人でフルコース料理を食べるのは、精神的コストの削減になる。

※2015年11月時点の情報です。メニュー、価格等は変更になる場合があります。

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※本記事は2015年11月28日時点の情報です。掲載情報は現在と異なる場合がありますので、事前にご確認ください。
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