連載 スイーツライターchicoの東京お菓子めぐり

サクサク生地から黒さくらんぼジャムがとろり、焼きたてガトーバスクの幸せ。

ガトーバスクは大好きなお菓子のひとつ。さくっとしたアーモンド生地とフルフルのクリームのコントラストがたまらない。けれど以前、バスクを旅した友人にガトーバスクの写真をたくさん見せてもらったとき、ほとんどの切り口には、クリームではなく葡萄色のコンフィチュールが艶めいていた。『メゾン・ダーニ』のガトーバスクみたいに。

「日本ではクリーム入りがメジャーですが、バスクではスリーズノワール(黒さくらんぼ)ジャム入りがポピュラーなんです。黒さくらんぼは収穫時期が6・7月くらいだけと短く、穫れないときに生まれたのがカスタードクリームのタイプ。日本では黒さくらんぼは手に入れにくいから、クリームがスタンダードになったんじゃないでしょうか」。

そう話す戸谷尚弘シェフは、まさにガトーバスクの故郷、バスクで腕を磨き2014年末に帰国したばかり。2015年6月、白金高輪に「メゾン・ダーニ」をオープンさせた。

ピレネー山脈を挟み、フランス・スペインにまたがるバスク地方。そのフランス側、北バスクにあるビーチリゾート、ビアリッツの名店、『ミルモン』が彼の修業先だ。

「パリのお店にいた時に旅行で訪れ、『ミルモン』のガトーバスクに感激してしまったんです。甘さと酸味、食感の調和から生まれる味は、シンプルでいて奥深くて。ローブリュー(バスクの十字架)が描かれているものがあったり、土地の素材を使っていたり、このお菓子にバスクが凝縮していた。素朴で温かくて、バスクの人たちの人間性が垣間見えるようでした」。

17世紀に生まれたといわれるガトーバスクは、今、日本でもあちこちのお店で目にすることができる。でもこちらのようにメインにしているところは珍しいように思う。しかもバスクそのものの味わいで。

「スペインとフランス、両方のいいものを使えるのがバスクのお菓子のいいところ」と、戸谷シェフは現地と同じく、リッチで香り高いスペイン産アーモンドと、フランス産の黒さくらんぼやバターを使う。黒さくらんぼは炊いてジャムにするのにたくさん必要なのだけど、輸入元になかなかものが入らず、手配するのもひと苦労なのだとか。

アーモンドを練り込んだ生地は、あえてざっくり合わせてザクザク食感に。高温で一気に、まわりはカリッと、中はしっとりに焼き上げる。食材や手法にしっかり本場を受け継ぎながら、粉も気候も食文化も違う日本でおいしく食べられるよう、見極めるのもプロの仕事。

なかでも気を抜けないのが日本ならではの湿度変化。配合を変え、砂糖を増やしてカリッとさせたり、空焼きも長くするなど焼き方も変えたりして、日本でもあのクリスピーな食感を再現してみせた。

『ガトーバスク』(486円)をほうばると、ザクザク香ばしい生地の中から甘酸っぱい黒さくらんぼジャムがとろ〜り。焼きたては、その食感コントラストがよりくっきり浮かび上がる。さらにうれしいのは、そんな焼きたての幸せに、いつでも出会えること!

「やっぱり一番おいしいから」。戸谷シェフはガトーバスクを(フィナンシェも!)1日に何度も焼き上げていく。だからいつ行ったって焼きたてというわけだ。

しかも、包装すると味も食感も変わってしまうから、裸のまま。包装しない分日持ちしないし、ロスが出て原価も高くなる。仕事が増えて効率が悪いし、体力もいる。

「それでも、焼きたてのこの喜びを味わってもらいたくて。焼き菓子を常に焼き続ける店は昔からの夢でしたから」。黄金色に輝く焼き菓子は、彼の夢の結晶だ。

生菓子のショーケースもまた、ビアリッツのお菓子屋さんを再現。バスクのお菓子に加え、昔ながらの定番フランス菓子が顔を揃える。

元々クラシカル好きな上に、『ミルモン』(1872年創業)の前にはパリの『ラヴィエイユ フランス』(1834年創業)と、フランスが誇る老舗を渡り歩いた戸谷シェフらしいラインナップでもある。

ひときわ目立っているのが、ベレー帽を象ったドーム状の“ベレシリーズ”。ベレー帽発祥の地、バスクではどこのお菓子屋も置いている伝統菓子だ。

なかでも『ベレ・バスク』(561円)は『ミルモン』でも大人気。現地ではチョコレートに水を入れてメレンゲを合わせる、という昔ながらのやり方を続けているけれど、こちらでは、現代だからできる、しっかりチョコレートを味わえるお菓子に。アーモンド風味のショコラのブラマンジェに、トンカ豆風味のガナッシュを重ねたガトーへと生まれ変わっている。

ひとさじ口に運ぶと、まったり滑らかにとけていくなか、潜んでいたチョコパフがさくさく軽快! バシッと力強いショコラの香りを、アーモンドのビターな風味と、トンカ豆の桜餅にも似た華やかな香りがふわりと彩ってくれるよう。

ピンクがかわいい『ベレ・ルージュ』(518円)は、軽やかなフランボワーズムース層と、少し重めのフランボワーズホワイトチョコガナッシュ層の組み合わせ。甘酸っぱく、重すぎず軽すぎずのバランスが食べやすい。『ミルモン』にもなかったオリジナル、季節がわりのベレもお忘れなく。いまならマンゴー×パッションの『ベレ・エキゾチック』(518円)。鮮やかな黄色が夏にまぶしい。

『ゴショア』(453円)は、バスク語で「おいしい」を意味するクラシカルなバスク菓子。
「これは『ミルモン』になかったですね。クレマ カタラーナ(カタルーニャ地方の伝統菓子)にも似ているし、バスクでもスペイン側がルーツじゃないかな?」

グラスにクレームシャンティ(ホイップクリーム)とスポンジ、クレームムースリーヌ(カスタードクリームベースのバタークリーム)の3つを重ねただけと、潔いほどにシンプル。それだけにごまかしがきかないお菓子だ。いい材料を使ってきちんと作ることはもちろん、バスクの味を表現するために、戸谷シェフはひと工夫。

「生クリームにホワイトチョコレートを練り込んで、現地のクリームのまったり濃厚な口あたりを再現したんです」。

味はわからない程度に、けれど確かにこっくりと濃い。ふわふわまったり、とろける口あたりとクリームのおいしさに包み込まれるよう。なんて素直でやさしい味わい!

シェフのバスク愛はお菓子にとどまらず、店のそこかしこに溢れている。天井は名産の「バスクリネン」をモチーフにカラーリング(これはショップカードにも)。バスクの絵画に、レリーフ、バスクの伝統的なスポーツのフィギュアが飾られてと、バスク三昧。しかも戸谷シェフ、この日はコックコートの下に、バスクTシャツまで着こんでいた(驚!)。

先日からは、カウンター3席でのイートインもスタート。すぐ前のガラス越しにはキッチンが。食べているときも、お菓子作りの光景が目の前に繰り広がる。

ちなみに、ここに飾られている絵は、シェフが住んでいたご近所、グアンプアールビーチの景色。「青い海にオレンジの屋根。とてもきれいな街で、人々もみんな優しいんです」。ガトーバスクの旅に、今にも出たくなってしまう。

朝7時からあいているから(生菓子が揃うのは10時頃)、クロワッサンはもちろん、ガトーバスクを朝ごはん感覚で食べていく人も多いそう。バスクから遠くはなれた白金高輪から、本場のガトーバスクがじわじわ根付きはじめている!



text / chico photo / Kayoko Aoki

SHOP DATA

メゾン・ダーニ シロカネ
住所:東京都港区白金1-11-15 1F
最寄り駅:白金高輪

まだある!白金周辺の注目スイーツショップ

「ピエール・エルメ・パリ」など日仏の名店で研鑽を積んだ田中貴士シェフは、古典的なお菓子を今のおいしさに仕上げる名手。アイス菓子のヴァシュランならガトーに仕立て、さらにマスカルポーネでコクを出す(しかも月替わり!)。毎月約半分のアイテムが入れ替わる、そのアイディアと情熱は驚くほど。

パッション ドゥ ローズ
住所:東京都港区白金1-14-11
最寄り駅:白金高輪

1979年からミラノで愛される、ジェラート専門店の草分け。初の海外店として2013年にオープン。伝統的な製法で毎朝作るジェラートは、ふんわり柔らかで香り豊か。旬の食材を生かしたフレーバーは多彩で、日本限定の味も。ジェラートを使ったアイスサンドやパフェ、アイスケーキも試したい。

ジェラテリア マルゲラ 麻布十番店
住所:東京都港区麻布十番2-5-1 1F
最寄り駅:麻布十番

ブルターニュ『パティスリー ル ダニエル』でM.O.F(フランス国家最優秀職人章)シェフの元、腕を磨いた倉嶌克彦シェフ。国産有機小麦や低温殺菌乳など素材にこだわり、独自の発想でお菓子に。3種のチーズを使う人気の『白金フロマージュ』は、中にレモンとパッションのゼリーが潜み、なんとも爽やか。

レトルダムール グランメゾン白金
住所:港区白金台5-17-1
最寄り駅:白金台

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本記事内の情報に関して

※本記事内の情報は2015年07月30日時点のものです。掲載情報は現在と異なる場合がありますので、事前にご確認ください。
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