映画監督・入江悠のミニシアターは止まらない!

ミニシアターは止まらない!


2020年4月より、新型コロナウイルスの影響で存続の危機に陥ったミニシアターを救うために、いち早く立ち上がり精力的な活動を続けてきた映画監督・入江悠さん。10年ぶりの自主映画となる最新作『シュシュシュの娘』が公開され注目を集めるなか、Hat!では「ミニシアターは止まらない!」と題し、入江監督による対談企画を全3回でお届け。

第3話は横浜・黄金町で30年目を迎える下町のミニシアター『シネマ・ジャック&ベティ』の梶原俊幸さんと。(第1、2回目の記事はコチラ


映画館が賑やかになることが街の活性化につながる

ミニシアターは止まらない!


————いよいよ第3話、入江監督のミニシアター連載も最終回となりました。今回は『シネマ・ジャック&ベティ』支配人の梶原さんを訪ねて横浜・黄金町までやってきました。

梶原支配人(以下敬称略) : 「レッツエンジョイ東京」さんに、わざわざ横浜の奥地までお越し頂いて・・・恐縮です(笑)。

入江監督(以下敬称略) :そんな奥地なんてことないですよ(笑)。

(一同笑い)

————ありがとうございます(笑)。入江監督と梶原さんは、10年来のお付き合いがあるそうですね。

入江 : そうですね、10年前に作品を上映して頂いてから、今年は『ネメシス』の撮影で劇場を使わせてもらいましたし、先月は『シュシュシュの娘』の舞台挨拶もありました。梶原さんは経歴がユニークなんですよ。慶応SFC卒でIT企業を経て支配人になったって、面白いなと。

梶原 : 普通の流れではないかもしれないですね。もともとこの映画館は70年前に『横浜名画座』として生まれて、1991年から『シネマ・ジャック&ベティ』という名前になって、それから2005年に運営会社が変わったんです。ちょうどその頃、私も企業に勤めながら仲間たちと黄金町エリアの街づくりのプロジェクトに携わっていて、映画館と地域をつなぐような取り組みをしていたんです。その縁で、この映画館の運営を引き継いでいた会社から「せっかくだから映画館の運営ごと引き受けてみないか」というお話を頂いて、2007年3月から支配人を務めています。


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入江 : なるほど。映画館と街づくりですか。そのプロジェクトって具体的にはどんなものだったんですか?

梶原 : このあたり(黄金町)は、昔から危ないイメージがあったのですが、当時から横浜市が主導となって文化・芸術を取り入れた街づくりの取り組みをはじめていたんです。今も京急のガード下にクリエイティブなアトリエがたくさん入っていたりするのは、実はその流れなんですけど。それで、我々も仲間たちと身近なことからやろうと話して、せっかく『濱マイク』とか映画の舞台になったこの街に映画館が残っているんだから、それを生かした街づくりができないかと考えていたんです。


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————梶原さんはエリアマネジメントの一環として映画館の事業に携わってきたんですね。

梶原 : 実際に映画館の運営をはじめると、街づくりどころじゃなくなってしまうんですが・・・(笑)。それでも、映画館が賑やかになることが街の活性化につながると思っていますよ。

入江 : 僕の知っているミニシアターの人は、もともと映画が好きで「映画一直線!」という方が多いので、やっぱり梶原さんの経歴は面白いですね。もともと横浜のご出身なんですよね。


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梶原 : 生まれは横浜ですが、ずっと吉祥寺に住んでいました。ただ学生時代もよくこっちで遊んでましたね。大学時代に吉祥寺のライブハウスでアルバイトをしてたんですが、その仕事が本当に面白くて。カルチャーが生まれる場所が好きなんです。卒業後も就職するまでしばらくの間、ライブハウスで働いてましたね。

入江 : なるほど。カルチャーが生まれる場所って、映画館にも通じますね。あと、話は変わりますが、いま全国のミニシアターを回っていて改めて思うのが、梶原さんがいちばんオシャレだなと(笑)。

梶原 : ああ、それは・・・嬉しいですね(笑)。

入江 : こういう業界ってあんまり身なりに気を使わない人が多い気がするけど、梶原さんはいつもピシっとしていて。僕、10年くらいスーツ姿の梶原さんしか見たことないですよ。ジェームズボンド並みにいつもスーツをきちんと着ててオシャレだなって思います。

梶原 :劇場にいるときはスーツとネクタイがいちばん落ち着くんですよ。先代の支配人も必ずスーツだったそうです。受け継いでいるわけではないんですけどね(笑)。


この映画館から新しいコミュニティを生むことができたのかなって嬉しくなるんです

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————そうした街づくりに携わった経験を生かして、いま「地域のなかのミニシアター」として工夫している点があれば教えていただきたいです。

梶原 : もともと街の中にある映画館なので、ちょっと歩くだけで元町中華街とか馬車道、山下公園など、楽しめる場所がたくさんあるんですよね。だから、映画を観ることが目的だったお客さんに、そういう周辺の観光スポット情報とか、映画の半券で割引してくれるお店とかを紹介して、街を楽しんでもらうきっかけを提供しています。映画館のロビーでは、近所にある『カメヤ』のパンを販売していたり、地域の方々との交流にも心がけていますよ。

入江 : ちょっと面白いなと思ったのが、ジャック&ベティでは月1回、お客さんと交流会をやっているじゃないですか。それもどういう狙いなのかなって、聞きたかったんです。

梶原 : ありがとうございます!『ジャック&ベティサロン』といって10年以上続いてる交流会なんです。そもそもの発端は10年前で、お客さんが来ないのはどうしたもんか・・・と悩んでいたときに、来てくれているお客さんに直接理由を聞いてしまえと思ったのがきっかけなんですよ(笑)。

入江 : あ、そうだったんですね(笑)。

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梶原 : 最初は一人二人だったのが、続けているうちに参加者が増えて今では観た映画の感想を話し合いたいとか、映画に詳しい人と出会いたいとか、いろんな人が来てくれます。このコロナ禍でオンライン開催をはじめたんですけど、逆にオンラインだからって東京とか大阪の方が積極的に参加してくれるようになって。この前なんか、横浜から中国に帰国した留学生の方がわざわざ中国からオンラインで参加してくれて(笑)。

入江 : 急にインターナショナルなサロンになったんですね(笑)。でも、10年続けるのはすごいですよ。僕もずっとメルマガをやってますけど、参加してくれてる方のモチベーションとしては映画作品は1人で観て、そのあとに語りたいっていう方が多い気がしますね。

梶原 : そうですね。映画館にとって身近な応援団のようなイメージです。だから、交流会で出会った方々が全く関係ないときにロビーで会話をしてる場面を見たりすると、この映画館から新しいコミュニティを生むことができたのかなって嬉しくなるんです。


地方の映画館を知ることができると、旅行先の選択肢として広がる

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————先日の『シュシュシュの娘』のプレミアム試写会では全国のミニシアターがオンラインでつながりました。お客さんと劇場というつながりはもちろん、映画館同士の横のつながりも生まれているように思います。

梶原 : そうなんです。今年はシネマ尾道と連携して、お互いの地域で撮影された作品を交換して上映するイベントを実施しました。上映後はリモートで横浜と尾道の映画館をつないで、お互いの映画館や街を舞台にした映画の話などをして、お客さんにも楽しんでいただきました。今度は関西の映画館3館と交流企画を開催予定です。

入江 : いいイベントですよね。確かにお客さんも地方の映画館を知ることができると、旅行先の選択肢として広がるし、面白いかもしれないですね。それぞれの映画館で取り組みも違うので、全国のミニシアターが繋がってお互いの良いところをもらいあって、映画館を高めていけるといいなと思いました。

梶原 : コロナ禍で、入江監督がミニシアターを守る活動(詳細は第2話を参照)をはじめていて、こうやって応援してくれる人がいるんだと知って私自身も背中を押されたんですよ。休業中はこれからどうしたら良いかと悩んでいましたが、自分たちもそういう取り組みをはじめたいと思ったんです。この活動に踏み切れたのも入江監督のおかげです(笑)。


これからの時代は「より強い体験をした人が強い」と思えるようになると思うんです

ミニシアターは止まらない!


————地域に根付くミニシアターとしてさまざまな取り組みをお話いただきました。もともと入江監督にとっては『ジャック&ベティ』はどんな印象でしたか?

入江 : やっぱりオシャレですよね。僕としては、横浜周辺だとみなとみらいが苦手なんです。なんというか・・、明るくて(笑)。完璧にデザインされすぎている街が苦手なんですよ。それと比較するとこっち側(黄金町)の人の顔が見える雰囲気はすごく好きですね。『濱マイク』シリーズとか、『あぶない刑事』とか、人と歴史が積み重なっている街の映画館というイメージです。

梶原 : 嬉しいコメントです、ありがたいです。最近は交通の便も良くなって東京の方々にも訪れてもらいやすくなったので、周辺のシネコンと差別化しながら個性を出したいと思ってます。

入江 : あ、大きな個性でいうと、それぞれのスクリーンに名前を付けてるところですよね(笑)。劇場を人格化させちゃっているのは日本でもココだけじゃないかな。どうして名前を付けたんですか?

梶原 : 開業時からジャックとベティという名前が付けられていたんです。館内もジャックは青っぽくて角ばった内装、ベティは赤くて丸みを帯びた内装になっていて、当時は上映作品も男性・女性向けに分かれていたらしいです。先代の支配人としては、カップルで映画を観に来たら、それぞれ別の作品を観てからロビーで落ち合うようなライフスタイルを提案したかったみたいで(笑)

入江 : そのライフスタイルが根付いたかどうかはさておきですが・・(笑)。今、映画作品の本数がすごく増えていて、上映したいという人も増えているので、小さくてもスクリーンの数を増やして上映できる本数を増やしたことは正解ですよ。宮崎のキネマ館なんかは4スクリーンあります。先代に先見の明があったんだと思います。


ミニシアターは止まらない!


————小さいスクリーンだとしても劇場で映画を観る醍醐味は味わえますよね。その魅力って一体なんなのでしょうか。

梶原 : そうですね。家庭内での視聴環境も良くなってきているので、単純に映画館のほうが質が良いということではないと思います。やっぱり「体験」というところですかね。

入江 : 野球とかサッカーとかも生で見ると「おー!」ってなるじゃないですか。それと同じですよね。僕の映画もいまポレポレ東中野で『SR(サイタマノラッパー)』を再上映してるんですけど、「テレビじゃなくて劇場で観て初めて泣いた」ってコメントをくれた人がいました。制作する際もやっぱり映画館で観てもらうこと想定して作っているので、そういう作用はあるんだと思います。

梶原 : そういうところは映画館ならではですよね。他の人と一緒に見ることで、他の人が笑ったり泣いたりする反応が分かるということも魅力の一つかなと思います。同じ作品を観ていても、自分と違うところで笑っていたりとか、意外とあるので。

入江 : 昔って、たくさん映画を知っている人がかっこいい、強いという風潮があったんですけど、今はもう配信で映画を観る時代なので「本数を見てる人が強い」という感覚は無くなりましたよね。これからの時代は「より強い体験をした人が強い」と思えるようになると思うんです。だから配信で本数を観るよりも、映画館で観るという体験の意味が強くなっていくと思います。

梶原 : なるほど。街に根付く映画館としても、今後はお客さんがそこに気づけるような仕組みを作っていきたいですね。今年の12月21日で『シネマ・ジャック&ベティ』は30周年を迎えます。30周年の記念映画上映などもあるので、ぜひ楽しみにしていただきたいです。

ミニシアターは止まらない!

▲『シネマ・ジャック&ベティ』の劇場内にて。

シネマ・ジャック&ベティ
所在地:神奈川県横浜市中区若葉町3-51
電話番号:045-243-9800
最寄駅:黄金町



入江 悠(いりえ ゆう)

1979年、神奈川県生まれ、埼玉県育ち。
03年、日本大学芸術学部映画学科卒業。09年、自主制作による『SR サイタマノラッパー』が大きな話題を呼び、ゆうばり国際ファンタスティック映画オフシアター・コンペティション部門グランプリ、第50回映画監督協会新人賞など多数受賞。『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』(11)で高崎映画祭新進監督賞。その他に『ジョーカー・ゲーム』(15)、『22年目の告白』(17)、『ビジランテ』(17)、『AI崩壊』(20)など。2021年は『シュシュシュの娘』と『聖地X』の公開を控えている。

[Twitter] @U_irie



<梶原さん厳選!「シネマ・ジャック&ベティ」の周辺情報>

1.パン工房 カメヤ

「ジャック&ベティの売店でもサンドイッチを販売させてもらっているすぐ近所にある、地元で人気のパン屋さん。映画館の帰りに、パンを買って帰るお客さんも多いです。」

パン工房 カメヤ
所在地:神奈川県横浜市中区末吉町3-40
電話番号:045-231-1729
最寄駅:黄金町



2. コトブキ

「劇場すぐ近所の昔ながらの洋食屋さん。『私立探偵 濱マイク』シリーズの製作チームにも愛されたレストランで、壁に飾られた永瀬正敏さん、林海象監督のサインにも注目。」

コトブキ
所在地:神奈川県横浜市中区伊勢佐木町5-129-9
電話番号:045-251-6316
最寄駅:黄金町



3.アポロ

「横浜の映画人・文化人にこよなく愛される老舗バー。ジュークボックスの懐かしい音楽を聴きながら、マスターの美味しいお酒をどうぞ。お店に入ると、まれに素敵なマスターご夫婦が二人で踊ってるなんてことも。古き良きヨコハマが残る貴重な場所です。」

アポロ
所在地:神奈川県横浜市中区曙町4-45
電話番号:045-261-2576
最寄駅:阪東橋



取材・文/レッツエンジョイ東京編集部
撮影/西谷 圭司

※2021年9月22日時点の情報です。掲載情報は現在と異なる場合がありますので、事前にご確認ください。
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