その日、私は一人で『横浜アンパンマンこどもミュージアム』に来ていた。本当に大変なところへ来てしまった。周囲は両親に写真を撮られながら遊ぶ子どもたちでひしめきあっている。浮いているどころの騒ぎではない。
一人で行きづらい場所と言えば、デートスポット、ファミリー向け施設、異性の多い場所、だいたいこの3つに集約される。
異性の多い場所というのは、女性にとってのラーメン屋や牛丼屋、男性にとってのパンケーキ屋やプリクラなどである。いずれも、カップルだらけの中に一人、子連れだらけの中に一人、女性だらけの中に男性が一人、と自分が少数派になってしまうから、肩身の狭い思いをするのだ。
けれど、ファミリー向け施設はアトラクションやサービスが充実していることも少なくない。子どもたちを飽きさせないように工夫がこらされているのだ。行かないでいるのはもったいない。大人だけで行くことが禁止されていないのならば、一人遊びの新たな可能性を広げたい、と思ったのが事の発端である。
だから私は『横浜アンパンマンこどもミュージアム』に行くことを決めた。念のため、出かける前に施設の人に聞いてみたら、こんな答えをいただいた。「私どもとしては、どなたでも歓迎です。子どもを優先してほしい、ということはなく、大人も子どもも皆さん平等に遊んでいただければと思っています」。アンパンマンというだけで、子どもたちだけの聖域のような気がしてしまうが、決してそんなことはないのだという。
平日の朝にも関わらず、『横浜アンパンマンこどもミュージアム』の前はオープン前から子連れ客で列ができていた。大人だけで来ている客は見当たらない。だが、友人や恋人と来るお客さんはいないわけではなく、中にはまれに大人1人の客もいるのだそう。“大きなお友だち”ということだろうか。彼らは、展示物や1日に数回上演されるアンパンマンたちが踊るステージを楽しんでいるらしい。
まずは最上階の3階にある、ジャムおじさんのパン工場へ行ってみた。ここでは、パンを焼いたりこねたりすることができるのだ。できるのだ、と言いながら、私はパン工場の中でなすすべなく立ち尽くしていた。自分の半分以下の背丈の人たちがわらわら集まっているところを、どう振る舞えばいいのか。いくら大人だけで入館してもいいとはいえ、無理がある。つらい。僕の顔をお食べ、と助けてくれるヒーローもいない。
客足が引くのをしばらく待ち、一瞬の隙にパンを焼き、こねた。結構、楽しい。楽しいけれど、同時に虚しさも押し寄せるのは、なぜだろう。パンをこね終わったら、再びほかのお客さんが来ないうちに、そそくさと退散した。
一瞬でどっと疲れてしまった私は、フロアの中で比較的空いていたジオラマを見に行った。ピラミッド型のアンパンマンや、アンパンマンたちの夏祭りの様子は、作り込まれていて見ごたえがある。
パン工場の近くへ戻ると、「アンパンマンごう」の前に人だかりができていた。土日は長蛇の列ができるほどの人気の撮影スポットなのだという。
子連れ客が列をなす中、一人ぽつんと並び、「アンパンマンごう」の中に入ったあたりで、私は結構吹っ切れてきていた。及び腰にならず、大人の目線から見る『横浜アンパンマンこどもミュージアム』と真摯に向き合おう。そうでないと、この場所を一人で楽しめる可能性があるのかどうかは探れない。
2階へ降りると、アンパンマンの世界のキャラクターたちが食べ物屋をやっている街が広がっていた。いわゆる、お店屋さんごっこのような感覚で遊ぶのだろう。
「どんぶりまんトリオのどんぶりや」では、カウンターから顔を出してどんぶりになりきることができるというので、やってみた。パンを焼き、ばいきんまんの家を覗き、アンパンマンごうに乗ってきた私にもう怖いものはない。ためらいなく、カウンターの下から顔を出してみせた。
1階には、アンパンマンのボールで遊べる「アンパンマンの丘」と、「虹のすべりだい」がある。だが、残念ながら滑り台で遊んでいいのは子どもだけ。私はアンパンマンの丘で一人キャッチボールをし、『横浜アンパンマンこどもミュージアム』体験を締めくくった。
館内は楽しかった。クオリティの高い展示物や遊具は、アンパンマンに明るくなくても十分に楽しめるものだった。けれど、楽しさの中に、終始虚しい気持ちや申し訳ない気持ちが混ざっていた。おそらく、自分がアウェイになる場を乗り切るには、“その場所のことを心から好きな気持ち”が必要不可欠なのだろう。アンパンマンのことが好きだから、好きで好きでたまらないから、居ても立っても居られず、大人一人でも来ました、と。
ほかの場所も同様に、「焼肉が好きだから、居ても立っても居られず、一人でも来ました」、「ディズニーランドが好きだから、居ても立っても居られず、一人でも来ました」などと置き換えられるだろう。私はそこまでアンパンマンのことを愛せていたかというと、正直なところそうではない。アンパンマンへの愛があれば、もっと最初から堂々とし、ジャムおじさんのパン工場でなすすべなく立ち尽くすこともなかったはずである。
なお、館内には至るところに施設のスタッフさんがいるので、一人で行ってもいくらでも写真を撮ってもらえる。私も今回、恥を忍んでカメラを渡した。『横浜アンパンマンこどもミュージアム』にいるこの2時間で、少し、強くなれた気がする。
一人アンパンマンこどもミュージアムを楽しむ3カ条
その1 アンパンマンを愛そう
その2 アトラクションは大人が入るには少し狭いけど頑張ろう
その3 一人で行くと、心が強くなれる
©やなせたかし/フレーベル館・TMS・NTV
- 横浜アンパンマンこどもミュージアム
-
-
所在地
神奈川県横浜市西区みなとみらい 6-2-9
-
最寄駅
横浜
-
ライター紹介
ライター・コラムニスト。著書「ソロ活女子のススメ」(大和書房)がテレビ東京で連続ドラマ化。2024年4月にはシーズン4が開始する。他著書に「ひとりっ子の頭ん中」、「『ぼっち』の歩き方」。テレビ東京「二軒目どうする?」の準レギュラーとして居酒屋の案内人を務める。
- 本記事内の情報に関して
-
※本記事内の情報は2016年02月27日時点のものです。掲載情報は現在と異なる場合がありますので、事前にご確認ください。
※本記事中の金額表示は、税抜表記のないものはすべて税込です。