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神奈川でおすすめの初詣スポット

神奈川の初詣におすすめの神社・寺院をご紹介。参拝者数や混雑情報のほか、縁結び・家内安全などのご利益、初詣に欠かせない屋台・露店情報などをお届けします。新しい年が良い一年になるようお参りしましょう。

宗我神社

鎮守の森にかこまれ、御神木のケヤキの大木(樹齢700年程度)ある神社

1028年創建で2028年に1,000年を迎える。背後に曽我山をひかえ、西に富士山、酒匂川の流れる足柄平野を臨み、南に相模湾を臨む良い所の神社です。 宗我神社は、長元元年(1028)、奈良県橿原市曽我町の延喜式内大社の宗我都比古神社の神主の宗我播磨守保慶の建立で、先祖の宗我都比古命、宗我都比女命を祀った神社です。 宗我都比古命は八代天皇の孝元天皇の五世の孫で、時の天皇のお達しで、東方地域を鎮め納めるために、相模の国の足柄郡へ下向し此の里を開かれました。御代の内はこの地に災いは無く、百年の寿を保たれました。足柄上郡旧上曽我村及び曽我大沢と、足柄下郡の下曽我に属する旧四村を併せて、古くは曽我郷六ヶ村と呼ばれた地域の総鎮守が、宗我神社でした。宗我神社は1158年に平家により焼失しましたが、1165年に新領主の曾我祐信(曾我兄弟の義父)により再建されました。 神社は過去に再三の震災、火災にあっていますが、先人の努力により、其の都度、再建されて今日に至っています。現在の社殿は大正12年(1923)関東大震災後に、氏子の皆様のご支援により復興したものです。 <ご利益> 家内安全・交通安全、合格祈願・学業成就、健康祈願・病気平癒、商売繁盛・千客万来、金運上昇・財運上昇、出世成功・昇格昇進、恋愛成就・縁結び、安産祈願・子宝・子授け、厄除け・厄払い、開運招福・諸願成就

最寄駅
下曽我駅
所在地
神奈川県小田原市曽我谷津386
営業時間
参拝時間(通常時) 制限なし
最寄駅
下曽我駅
所在地
神奈川県小田原市曽我谷津386
営業時間
参拝時間(通常時) 制限なし

最寄駅
宮山駅
所在地
神奈川県高座郡寒川町宮山3916
営業時間
参拝時間(通常時)24時間
授与所受付時間 8:30~17:00
御朱印受付時間 8:30~17:00
最寄駅
宮山駅
所在地
神奈川県高座郡寒川町宮山3916
営業時間
参拝時間(通常時)24時間
授与所受付時間 8:30~17:00
御朱印受付時間 8:30~17:00

大山阿夫利神社下社

▲大山阿夫利神社下社拝殿
▲大山阿夫利神社下社拝殿
▲御神木「雨降木」と頂上からの眺望
▲御神木「雨降木」と頂上からの眺望
▲お上り
▲お上り
▲新緑
▲新緑
▲阿夫利神社紅葉ライトアップ
▲阿夫利神社紅葉ライトアップ
▲下社から見た日の出
▲下社から見た日の出

古くから親しまれてきた水の聖地、立身出世の霊峰

創建は今から2000年以上前と伝えられ、多くの武将からも崇敬を集めた古社。江戸時代には「大山詣り」が大流行し毎年20万人が大山へと訪れた。大山の別名は雨降り山とも言い、雨乞いの聖地としても信仰を集めると同時に、各地では「大山講」が組織され庶民から絶大な信仰と人気を得た。また大山に登らなければ一人前として認められない地域もあった事から立身出世の山としても広く知られている。納太刀などの独特な風習が今も残り粋な文化として平成28年には大山詣りが日本遺産に認定された。 <初詣> 【例年の参拝者数】 4~5万人 【例年の混雑時間】 1月1日(月・祝) 0:00~17:00 以降は特に午前中が混雑 【参拝時間(年末年始期間)】 ※大山ケーブルカーの時間に準ずる 【屋台・露店】 なし 【初詣の特徴】 授与所あり、おみくじあり、御朱印あり <ご利益> 立身出世、合格祈願・学業成就、健康祈願・病気平癒、商売繁盛・千客万来、金運上昇・財運上昇、出世成功・昇格昇進、家内安全・交通安全、恋愛成就・縁結び、安産祈願・子宝・子授け、厄除け・厄払い、開運招福・諸願成就

開催場所
大山阿夫利神社下社
最寄駅
伊勢原駅
所在地
神奈川県伊勢原市大山12
営業時間
参拝時間 9:00~16:30
料金
無料
開催場所
大山阿夫利神社下社
最寄駅
伊勢原駅
所在地
神奈川県伊勢原市大山12
営業時間
参拝時間 9:00~16:30
料金
無料

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箱根神社(九頭龍神社 新宮)

奈良時代の天平宝字元年(757)より、芦ノ湖畔の現在地に鎮斎されている古大社です。

鎌倉期、源頼朝は深く箱根神社(九頭龍神社)を信仰し、二所詣の風儀を生みました。以来執権・北条氏や戦国武将の徳川家康等、武家による崇敬の篤いお社として、また修験の霊場として栄えました。近世、箱根道の整備と共に庶民信仰の聖地となり、開運厄除・心願成就(勝運守護)・交通(道中)安全に御神徳の高い神様として、箱根山信仰はいっそう盛んになりました。芦ノ湖畔の平和の鳥居から御本殿に向かう参道の両側には、老杉の並木が聳えて森厳なたたずまいを見せ、朱塗りの権現造りの社殿の背後には、天然記念物ヒメシャラの純林が広がり、眼下に広がる権現御手洗の池・芦ノ湖には、朱の鳥居と霊峰富士を映す素晴らしい自然に抱かれた神社です。また、末社の九頭龍神社(新宮・本宮)は、開運隆盛はもとより、金運守護・商売繁盛・縁結びの神様として篤い信仰を受け、特に毎月13日に本宮で行われる月次祭には、全国各地よりたくさんの参拝者がお参りに訪れます。 <初詣> 【例年の参拝者数】 約100,000人 【例年の混雑時間】 1月1日 0:00~3:00、日中 1月2日、3日 9:00~18:00 【参拝時間(年末年始期間)】 1月1日 0:00~20:00 1月2日 6:30~19:30 1月3日 6:30~19:00 【屋台・露店】 あり 【初詣の特徴】 授与所あり、おみくじあり、御朱印あり <ご利益> 開運厄除、心願成就、交通安全、合格祈願・学業成就、健康祈願・病気平癒、商売繁盛、金運守護、家内安全、恋愛成就・縁結び、安産祈願・子宝・子授け、厄除け・厄払い、開運招福・諸願成就

最寄駅
箱根湯本駅
所在地
神奈川県足柄下郡箱根町元箱根80-1
営業時間
参拝自由
授与所受付時間 8:30~17:00
御朱印受付時間 8:30~17:00
最寄駅
箱根湯本駅
所在地
神奈川県足柄下郡箱根町元箱根80-1
営業時間
参拝自由
授与所受付時間 8:30~17:00
御朱印受付時間 8:30~17:00

平塚八幡宮

平塚八幡宮は古くは鶴峯山八幡宮と称えられ、仁徳天皇の68年、この地方を襲った大地震に苦しむ人々の様を見かねた天皇が国土安穏を祈り、應神天皇の御神霊をお祀りされたのが創祀です。

平塚八幡宮は、應神天皇の御神霊をお祀りされた後、推古天皇の御代にも大地震があり、人々を案じられた天皇は「鎮地大神」の御宸筆を捧げて国家安泰を祈願して社殿を造営。さらに天武天皇はこの地の税を寄進、文武天皇は宝剣「天晴彦(あめのはるひこ)」を奉納し、そして聖武天皇は相州一国一社の八幡宮(霊場)として法華経を奉納されました。その頃、寛治元年(西暦1087年)には平塚八幡宮の御分霊を戴いて岐阜県高山市山口に桜ヶ岡八幡神社として鎮座されました。 鎌倉時代以降も源頼朝公が夫人政子の安産を祈願して神馬(白馬)を献上した等、武人の信仰も篤く、特に徳川家康公は社領を寄進し、慶長年間には自ら参拝し、伊奈備前守忠次へ命じて社殿を再建されました。 江戸期になると、平塚は日本橋から数えて8番目の宿場として賑わい、特に門前の大門通りは東海道、須賀港、厚木往還、大山道の重なる交通の要衝として発展し、旅人は道中の安全を祈り社頭は大いに栄えました。 明和2年平塚宿の僧本誉還真が18年間集めた浄財で青銅鳥居を奉献、奉賛者名は今も鳥居に刻まれ現在でも二の鳥居として境内にそびえています。 大政奉還の後、官の達示により社名を「八幡神社」と改称しましたが、平塚の街は海軍火薬工廠の建設などによって、商業、工業として成長し、明治27年には明治天皇の王女常宮昌子内親王、周宮房子内親王がご参拝にり、社頭に松樹をお手植えされ、御神池に緋鯉を放生されました。 大正12年、関東大震災に見舞われ、被害は甚大で御社殿も崩壊しましたが、氏子、崇敬者の尽力のもと街の再建とともに昭和3年に再建されました。 大東亜戦争後には神社本庁が包括する別表神社となり、空襲によって大きな傷跡を残した平塚の街も、全国に名高い「七夕まつり」を開催出来る程に復興し、昭和53年8月には現在の社名である「平塚八幡宮」へ改称しました。 現在でも平塚八幡宮は、應神天皇、神功皇后、武内宿禰を御祭神に、相模國一國一社八幡宮として、また鎮地大神と仰がれ、数多の方がご参拝になっています。 <ご利益> 合格祈願・学業成就、健康祈願・病気平癒、商売繁盛・千客万来、金運上昇・財運上昇、出世成功・昇格昇進、家内安全・交通安全、恋愛成就・縁結び、安産祈願・子宝・子授け、厄除け・厄払い、開運招福・諸願成就

最寄駅
平塚駅
所在地
神奈川県平塚市浅間町1-6
営業時間
参拝時間 参拝のみは時間の制限はありません
授与所受付時間 9:00~17:00
御朱印受付時間 9:00~17:00
最寄駅
平塚駅
所在地
神奈川県平塚市浅間町1-6
営業時間
参拝時間 参拝のみは時間の制限はありません
授与所受付時間 9:00~17:00
御朱印受付時間 9:00~17:00

大雄山最乗寺

三門
三門
御真殿鉄下駄
御真殿鉄下駄

大雄山最乗寺は、曹洞宗に属し全国に4千余りの門流をもつお寺。御本尊は釈迦牟尼仏、脇侍仏文殊、普賢の両菩薩を奉安し、日夜国土安穏万民富楽を祈ると共に、真人打出の修行専門道場です。開創以来600年以上の歴史をもつ関東の霊場として知られ、境内山林130町歩、老杉茂り霊気は満山に漲り、堂塔は30余棟に及びます。

相模国大住郡糟谷の庄(現在伊勢原市)に生まれ、藤原姓だった開山了庵慧明禅師。長じて地頭の職に在ったが、戦国乱世の虚しさを感じ、鎌倉不聞禅師に就いて出家、能登總持寺の峨山禅師に参じ更に丹波(兵庫県三田市)永沢寺通幻禅師の大法を相続しました。その後永沢寺、近江總寧寺、越前龍泉寺、能登妙高庵寺、通幻禅師の後席すべてをうけて住持し、大本山總持寺に輪住しました。50才半ばにして相模国に帰り、曽我の里に竺ど庵を結びました。そのある日、1羽の大鷲が禅師の袈裟をつかんで足柄の山中に飛び大松(袈裟掛けの松)の枝に掛ける奇瑞を現じました。その啓示によって應永元年(1394年)3月10日この山中に大寺を建立、大雄山最乗寺と号しました。 道了大薩た(どうりょうだいさった)について 「道了大薩た」の扁額大雄山最乗寺の守護道了大薩たは、修験道の満位の行者相模房道了尊者として世に知られています。尊者はさきに聖護院門跡覚増法親王につかえ幾多の霊験を現され、大和の金峰山、奈良大峰山、熊野三山に修行。三井寺園城寺勧学の座にあった時、大雄山開創に当り空を飛んで、了庵禅師のもとに参じ、土木の業に従事、約1年にしてこの大事業を完遂しました。その力量は1人にして五百人に及び霊験は極めて多いです。 應永18年3月27日、了庵禅師75才にしてご遷化。道了大薩たは「以後山中にあって大雄山を護り多くの人々を利済する」と五大誓願文を唱えて姿を変え、火焔を背負い右手にしゅ杖左手に綱を持ち白狐の背に立って、天地鳴動して山中に身をかくされました。以後諸願成就の道了大薩たと称され絶大な尊崇をあつめ、十一面観世音菩薩の御化身であるとの御信仰をいよいよ深くしています。 <ご利益> 合格祈願・学業成就、健康祈願・病気平癒、商売繁盛・千客万来、、家内安全・交通安全、恋愛成就・縁結び、安産祈願・子宝・子授け、厄除け・厄払い

最寄駅
大雄山駅
所在地
神奈川県南足柄市大雄町1157
営業時間
参拝時間 24時間参拝可能 受付時間(6:00~16:00)
授与所受付時間 6:00~16:30
御朱印受付時間 6:00~16:30
最寄駅
大雄山駅
所在地
神奈川県南足柄市大雄町1157
営業時間
参拝時間 24時間参拝可能 受付時間(6:00~16:00)
授与所受付時間 6:00~16:30
御朱印受付時間 6:00~16:30

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