
重要文化財の英国式洋館の一室がカフェになっている。
氷のような霧雨が降る美しい午後、
静けさと壮麗な記憶に包まれてコーヒーを飲んだ。
1929年竣工、チューダー様式をとり入れた洋館は、
加賀百万石のお殿さまの子孫、第16代当主、前田利為侯爵の大邸宅。
1階には大小の応接室やダイニングルーム、
2階は書斎や、家族それぞれの部屋、使用人たちの部屋が並んでいる。
午前11時になると、ボランティアガイドが洋館内を案内してくれる。
これがとても興味深い。
壁の目立たない場所に設けられた、執事を呼ぶためのボタン。
看護師だけが使う隠し階段。
(多いときには140人もの使用人がいたそうだ)
イタリア産の大理石に混じったアンモナイトの化石。
アメリカ軍が前田邸界隈を空爆しなかった理由は、
占領後にこの邸宅を接収し、
マッカーサーの執務室として使用する計画があったためだという。
(実際には空軍司令官の公邸となった)
前田利為は陸軍司令官としてボルネオに赴いて戦死した。
その人生を想像しながら飲むコーヒー。
雪がまばらに残る前庭に、真紅の薔薇が一輪だけ咲いていた。
ロッテ・グントハルト、とその薔薇の名前をおぼえた。