連載 清水美穂子のBread+something good in Tokyo

そこに行けばいつも、作っている人の姿が見える。吉祥寺「ダンディゾン」で体感するニッポンのパン。

春よ恋、きたほなみ、ゆめちから、ミナミノカオリ……。

最近、パン屋さんで国産小麦の名前を目にするようになった。
それはおいしいパンのための、美しい、祈りの言葉のようにも感じられる。

祈りを託された職人さんたちは、どんなパンを焼くのだろう。

吉祥寺のダンディゾンは、小麦農家と友だちだ。

友だちから届いた小麦粉は、専用の袋がないため米の袋に入っている。米も作っている農家なのだ。それは大手製粉会社が、おいしいパンを作りやすいようにブレンドしている小麦粉とは違い、どんなパンに向くかは未知数だが、誰がどんなふうに作った小麦かをすぐに思い浮かべられる。

「国産小麦は経験の蓄積で、感覚でおぼえていくもの。ワインのように奥が深くて、豊かな世界です」。ダンディゾンでパンを焼く木村昌之さんは言う。

そんな粉でおいしいパンを焼くのは腕の見せどころ。職人魂を刺激するのだろうと思ったら、安心だから使うというのが一番の理由だった。

「ぼくたちは小麦粉の加工業者です。お客さんからの”おいしい”という感想や、どんな人が食べているかということを生産者に伝えることができる一方で、お客さんには、どんな生産者がどこでどんなふうに作っている小麦かを説明できる。どちらの顔も見えるし、行き来できる距離にいる。それはとても自然で安心なことなんです」。

「自然」とか「安心」はこういう時に使う言葉だと、あらためて思う。

北海道十勝の庄司農場の「キタノカオリ」の畑の写真を見た。この粉で焼く「パン ペイザン」というパンがある。英語ならファーマーズブレッド。個人農家の小麦粉を使うときにそう名付けることが多いという。

朝こねて、昼は農作業、夕方帰ってきてから窯に入れるというようなイメージで、ゆったりしたリズムで焼くパン。酸味はない。見かけはどっしりとして色濃いハード系のパンでも、おいしい水のように透明感があり、すっとお腹に入って気がつくとたくさん食べていた、というようなパンがダンディゾンにはいくつもある。

信州なつみ農園の無農薬栽培小麦「ゆめかおり」の全粒粉と北海道産の小麦でつくられる「パン・オ・ルヴァン」もそうだ。小麦、水、塩だけで、こんなに奥ゆきのある味覚世界に誘われるとは。

そして、国産の小麦で作るパンはフランスパンの顔をしていてもいつもより少しだけ、日本の日常の食事に馴染むパンになるという。

ひとときの旬を楽しむパンもある。取材時(7月下旬)はフレッシュブルーベリーを盛った「ミルティーユ」があった。潔いほどシンプルな折込み生地のパンだ。


有機農家の若芽のよもぎを使った「よもぎ」はしっとりもっちりした生地が限りなく餅に近くて懐かしく新しい味。まず素材ありきでつくられる一期一会のパンはこの後、トウモロコシ、だだちゃ豆へと続く。

そこに行けばいつも、作っている人の姿が見える。この国の風土が体感できる。吉祥寺のダンディゾンはそんなパン屋さんだ。


text&photo / Mihoko Shimizu

SHOP DATA

ダンディゾン
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町2-28-2 B1F
最寄り駅:吉祥寺

他にもおすすめ!国産小麦が美味しいパン屋さん

ひっそりとシンプルな店の佇まい。パンもシンプルで余計な味や装飾がない。店主の吉田さんはしっかり粉の風味を引き出した、生地そのままでおいしいパンが好き。菓子パンの生地も甘すぎない。食パンやハード系のパンはすっと身体に入っていく。

ヨシダベーカリー
住所:東京都杉並区久我山2-23-29 ハイネス富士見ヶ丘1F
最寄り駅:富士見ヶ丘

本格バゲットにドイツパン、ふんわり食パンにコッペパンにクリームパンにケーキまで、多彩な技で国産小麦の魅力を満喫させてくれる。おもちゃ屋さんと見まごうようなアメリカンコレクティブルの並ぶ店内もとびきり楽しい。

nukumuku
住所:東京都世田谷区太子堂5-29-3
最寄り駅:西太子堂

西永福の商店街にオープン以来、北海道産の小麦粉で上質なパンを焼き、地元の人々に愛されている。ふんわり丸い「まるパン」各種、ごまパンでつくられる「クロックムッシュ」などの焼きサンドも、ほっとする味わい。

PANYA komorebi
住所:東京都杉並区永福3-56-29
最寄り駅:西永福

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※本記事内の情報は2015年08月17日時点のものです。掲載情報は現在と異なる場合がありますので、事前にご確認ください。
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