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ソロ活の達人に聞く!

2015/12/18

みんなが浮かれるクリスマスに身を清めて悟りを開く

クリスマスがやってくる。白いひげをたくわえた赤い服を着たおじさんが、トナカイに乗り訪れる。街は赤や青のLEDで彩られ、そこでカップルがイチャイチャを見せつける。これがクリスマスだ。 それでいいのだろうか。日本にはもともとクリスマスなんてなかったはずだ。短歌を詠んだり、仏像を愛でたり、浪曲を聞いたりしていたはずだ。我々ソロ活を行う人間はそうでないとダメなのだ。なにがクリスマスだ。決して強がりではない。

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一人三脚使いの達人

地主 恵亮さん

1985年福岡生まれ。基本的には運だけで生きているが取材日はだいたい雨になる。2014年より東京農業大学非常勤講師。著書に「妄想彼女」(鉄人社)、「昔のグルメガイドで東京おのぼり観光」(アスペクト)がある。なお、記事の写真は三脚2台使用での完全一人撮影。

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クリスマスに浮かれず悟りを開く

イルミネーションを見る

今年もクリスマスがやってくる。街がイルミネーションで輝き出す。餌を見つけたアリのようにカップルがワラワラとそのイルミネーションに集まり出す。クリスマスとはそのようなものになっている。


▲イルミネーションが輝きだします


「クリスマス=カップル=イチャイチャ」、という小学生でも解ける方程式が今の日本には存在する。本場であるアメリカやイギリスでは、クリスマスは基本的に自宅で家族と過ごすもの。カップルでイチャつく日ではないのだ。

▲イルミネーションに私は一人


日本人はクリスマスの本質が分かっていないのだ。カップルで浮かれる日ではないのだ。むしろソロ活を送る、我々の方がクリスマスを分かっている。一人だから浮かれることができないからだけど、浮かれない。実家にいる人も多いので、むしろ本場のクリスマスを過ごしていると言える。


▲先の写真だって三脚で一人撮っている


今の浮かれたクリスマスに「喝」を言いたい。しかし、まずは自分に「喝」なのだ。正直、どこかで恋人と過ごしたいと思う弱い心を持っている。クリスマスなんてどうでもいい、という気持ちを手入れる必要があるのだ。それが必要なのだ。


▲ということで、悟りを開きます

僧侶となる

ソロ活をするものとして、クリスマスを断ち切るため、僧侶となり、大仏を回ろうと思う。悟りを開けるはずだ。クリスマスをなんとも思わない、大仏のような大きな心を手に入れるのだ。


▲僧侶です



▲一人で撮っています!



▲一人で撮っています、も一人で撮っています



▲まずは上野の大仏にやってきました


一人である。一人こそが悟りを開くのだ。修行とは仲間とワイワイとするものではない。一人で黙々と悟りを開くために励むのだ。ということで一人、上野の大仏にやってきた。大仏を前に「ありがたいな」という気持ちになる。


▲上野の大仏は顔だけ


上野の大仏は本来6メートルほどあったけれど、度重なる災害で今では顔だけになっている。私もこのような人間になりたいと思う。クリスマスを微塵も感じさせない佇まい。また顔だけになっても、その大きさを感じさせる。私もこのような大きな人間になりたいのだ。


▲ありがたい気持ちになりました



▲次に向かいます!


上野大佛(上野大仏)

東京都 台東区 上野公園
最寄駅:京成上野/上野
スポット詳細>>


日暮里の大仏

次の大仏に向かう。道すがらカップルを見ても、気持ちがざわつかない。禅の気持ちを理解しつつあるのではないだろうか。悟りを開くために大仏を巡ること、それが本当のクリスマスなのかもしれない。


▲日暮里にきました



▲天王寺に大仏があります



▲ありがたい


優しい表情をした大仏様だった。1690年に作られた大仏だそうだ。水戸黄門で有名は徳川光圀が、水戸藩の藩主の座を徳川綱條に譲った年だ。そんな歴史あるものを見ることができる喜び。日本のクリスマスは明治時代からなので、大仏の方が全然歴史が古いのだ。


▲清らかな気持ちになりました


日本においては近代的と言ってもいいクリスマスにうつつを抜かすのではなく、歴史ある大仏を見る。これが徳だ。クリスマスなんてどうでもいい気がしてくる。なぜ人はクリスマスにこだわっているのだろうか。悟りは近いようだ。


▲三脚ってありがたいな


天王寺

東京都 台東区 谷中7-14-8
最寄駅:日暮里
スポット詳細>>


鎌倉の大仏

最後に鎌倉の大仏を見にいく。私は悟りに近づきつつある。クリスマスなんてどうでもいいのだ。カップルになれなくてもいいのだ。一人こそが素晴らしいのだ。クリスマスをカップルで過ごす人たちなんて、微塵も羨ましくないのだ。


▲鎌倉到着



▲大仏にやってきました


ここで偶然仕事関係の人に会い、三脚を設置している私を見て、「写真撮りましょうか?」と提案してくれた。私は悟りを開く修行の身。この提案を受け入れるはずがなく、となるはずもなく、「ありがとうございます」と写真を撮ってもらった。便利。人って便利。


▲私が自分撮りしているのを、



▲撮ってもらった


高徳院(鎌倉大仏)

神奈川県 鎌倉市 長谷4-2-28
最寄駅:長谷
スポット詳細>>



人がカップルになる理由が分かった気がする。三脚を設置するのが面倒だから、人はカップルになるのだ。しかし、それでは世の中のカップルが次々に別れますように、という悟りというか、願いを結願できない。一人で、もう一度歩きだそうではないか。


▲ということで、一人海にきました!

海で清める

知り合いと別れ、海を歩く。波の音に心が洗われる。世間はクリスマに浮かれているけれど、それがなんだというのだ。ここで私と世間のカップルとの間に差が生まれる。いま私は人としてのレベルが高くなろうとしているのだ。


▲もはや悟ったと言ってもいいかもしれない


クリスマスなんてどうでもいいのだ。一人こそが素晴らしい、という悟りが開けた気がする。道行くカップルを見るとかわいそうな気すらしてくる。一人が素晴らしいのに、カップルなんて、と思うのだ。カップル、かわいそうだ。


▲海に入ります


そのような悟りを開くことができたので、仕上げに冬の海に入ろうと思う。私は悟った身だから、冬とて寒くない。この世の春という状態で、私だけが春なのだ。もはや私だけが夏と言っていいかもしれない。それが悟りなのだ。


▲海に向かいます



▲ありがたい気持ちなっています



▲清らかな気持ちです


悟っていないから、人は恋人に温もりを求める。その結果、クリスマスをカップルで過ごすことになる。しかし、悟った私は温もりを必要としない。一人でも十分に熱いのだ。冬の海とて、私にとっては、カップルで過ごすクリスマス以上に温かなのだ。それが悟りだ。


▲うそ! 寒い!



▲めちゃくちゃ寒い!



▲凍え死ぬ!


もう隠せない。寒い。ありえないくらい寒い。正直に言うと、朝、僧侶の格好をした時からずっと寒かった。さらに海に入れば長襦袢が海水を含み、凍えるレベル。何が悟りだ。そんなのない。温もりが欲しい。恋人が欲しい。恋人という温もりが欲しいのだ。


▲震える私のパンツ(矢印)に注目!


しかも、私の長襦袢の隙間から赤いパンツが見える。クリスマスだ。赤と言えばクリスマス。浮かれている。このパンツを買った時も、クリスマスみたい、と思い買っていた。それを履いて今日1日大仏を回っていたのだ。なにが悟りだ、浮かれすぎだ。


▲しかも、数珠はハワイのABCストアで買った!


あと朝から持っていたのは「数珠」ではなく、ハワイに行った時に浮かれて買った貝のネックレス。ハワイなんてカップルが最も浮かれている場所(私は家族の事情で行きました)。全然悟りが開けていないのだ。ずっとすれ違うカップルが羨ましかった。


▲無駄な1日を過ごしたな、と思う


強がらずに街コンとかに行けばよかった。イルミネーションを見たいのだ。大仏を見ながら、大仏にもLEDが巻きつけてあればな、と思っていた。結局、一番クリスマスに浮かれていたのは私かもしれない。


▲相手がいないのにイルミネーション情報を見ていた



▲ただ凍えながら、



▲三脚の写真を撮るあたりは、修行の成果だと思う

この記事を書いた人

地主 恵亮さん

1985年福岡生まれ。基本的には運だけで生きているが取材日はだいたい雨になる。2014年より東京農業大学非常勤講師。著書に「妄想彼女」(鉄人社)、「昔のグルメガイドで東京おのぼり観光」(アスペクト)がある。なお、記事の写真は三脚2台使用での完全一人撮影。

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