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ソロ活の達人に聞く!

2015/6/2

50年前のガイドブックで東京観光に出かける

1968年を覚えているだろうか。これを読んでいる人は年齢層的にそもそも知らない人が多いと思う。昭和で言えば43年で、日清食品が「出前一丁」を発売した年で、グルノーブルオリンピックがあった年だ。 そんな年に出版された東京のガイドブックを手に入れた。当時と今は変わっているのだろうか。そこでガイドブックに載っている写真と同じアングルの写真を一人、撮りに行ってみようと思う。文化的なソロ活だ。

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一人三脚使いの達人

地主 恵亮さん

1985年福岡生まれ。基本的には運だけで生きているが取材日はだいたい雨になる。2014年より東京農業大学非常勤講師。著書に「妄想彼女」(鉄人社)、「昔のグルメガイドで東京おのぼり観光」(アスペクト)がある。なお、記事の写真は三脚2台使用での完全一人撮影。

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50年前のガイドブックで東京観光に出かける


昭和43年のガイドブック

どこかに出かける際に大変便利なガイドブック。今も本屋に行けば多くのものが並んでいる。そんなガイドブックは昔から出版されている。神保町の古本屋で今から約50年前に出版されたガイドブックを手に入れたのだ。


▲それがコチラです!


▲昭和43年に出版されました!


東京の観光地が紹介されたガイドブックだ。中でも憩いのポイントが重点的に紹介されている。「マンモスの中の憩いのポイントオールガイド」と書いてあるので、そういうことなのだろう。東京はマンモスだったのだ。パオーン!


▲基本的には白黒の本です!


昭和43年、「週刊少年ジャンプ」が創刊された年だ。そんな昔のガイドブックで東京を歩きたいと思う。どのくらい今と違うのだろうか。そこで、適当に開いたページに載っている写真と同じアングルの写真を撮ってみようと思う。50年という時間を感じることができるはずだ。


▲ということで、まずはコチラ!



50年前の向ヶ丘遊園

適当に開いたページは神奈川県の向ヶ丘遊園だった。この本、大東京オアシス散歩となっているが、きっと「大」という表記の影響だろう、東京以外も載っているのだ。そのため、最初の場所は「向ヶ丘遊園」となった。


▲この写真と同じ場所を探します


当時のガイドブックによると、ムーンロケットや宙返りロケット、ダイヤモンドルールなどがある「夢の国プレーンランド」や、サルやクマなど30種ほどがいる動物園が、向ヶ丘遊園にはあったそうだ。


▲ということで、向ヶ丘遊園駅に来ました!


本によれば、向ヶ丘遊園駅から向ヶ丘遊園まではモノレールで行けるとある。ただ現在、駅を見渡したがモノレールはないようだった。調べてみたら、向ヶ丘遊園は2002年に閉園しているそうだ。私がまだ上京する前の話で、向ヶ丘遊園自体にピンと来ていなかったが、上京前になくなっていたから存在を知らなかったみたいだ。


▲ここをモノレールが通っていたと思われる


▲向ヶ丘遊園の場所には「藤子・F・不二雄ミュージアム」ができていた


▲ただし当時の名残がまだ残っている!


なくなっているので、中に入ることができないが、フェンス越しに当時の名残を見ることができた。またガイドブックにもある大バラ園は川崎市が生田緑地の一部として管理して、春と秋だけ解放しているそうだ。


▲今も残るバラ園。昔はここでバーベキューができたそうだ


当時の名残のある場所は見つかるが、肝心の写真の場所が見つからない。周りにいた人に聞いたりもしたが、特に手がかりはなく、おそらくここだろうという場所を見つけた。


▲1968年の向ヶ丘遊園


▲2015年の向ヶ丘遊園


閉園していたので、写真とほぼ同じアングルを探すのは難しいものだった。人に聞いても手がかりは見つからない。全体的に廃墟のような感じだ。しかし、50年前はここも賑わっていたのだ。そんな時間を感じることができるのが、昔のガイドブックの魅力だ。


▲ちなみに50年間っぽい格好で、写真を撮りました


▲三脚が!



50年前の清澄庭園

次に適当に開いたページは「清澄庭園」だった。これは今もあるのを知っている。何度か行ったことがあるのだ。そんな場所でも、50年前のガイドブックで行くとタイムスリップしたお出かけのような気がしてくるから不思議だ。


▲次は清澄庭園です!


▲ということで、清澄庭園に来ました!


本には周囲のごたごたした町並とはうってかわって静寂な庭、とある。ただ新宿や渋谷などになれた現代を生きる私にとっては、清澄庭園の周辺は十分に静かだった。当時の入園料は30円で、現在は150円。今も十分に安い。


▲庭園の方に写真を見せて、どこか聞いた


▲1986年の清澄庭園


▲2015年の清澄庭園


50年も経っているけれど、さすが歴史ある庭園。アヒルがいないこと以外はほとんど変わっていない。庭園の人に場所を聞いた時も、すぐに「ここじゃないですか」と教えてくれた。50年という時間は場所によってはもはやないに等しいのかもしれない。


▲50年前の場所に写り込むこむ50年っぽい人


▲それを撮る三脚



50年前の蔵前橋

次に開いたページは隅田川にかかる「蔵前橋」だった。今度の移動は近い。先の向ヶ丘遊園から清澄庭園は移動だけで1時間もかかっていた。あまりに遠いので途中で私の考える50年前の人の格好を着替えたほどだ(なんか恥ずかしかった)。


▲次は「蔵前橋」です!


▲手書きの地図も載っている


▲50年前っぽい格好で来ました!


ガイドブックを読めば、蔵前橋からは「ライオン歯磨」の建物が見え、橋のすぐそばには、隅田川温泉というものがあるそうだ。ライオン歯磨は現在の「ライオン株式会社」のこと。墨田川温泉は今もあるのだろうか。


▲隅田川沿いに出ると「ライオン株式会社」が見えたけれど、


▲隅田川温泉は下水処理場になっていた


隅田川温泉は下水処理場になっていた。これはあくまで私が調べたので違うかもしれないが、隅田川温泉はその後ホテルになり、さらにその後に下水処理場になったようだ。しかしメインは蔵前橋。写真と同じアングルで撮れるだろうか。


▲1968年の蔵前橋


▲2015年の蔵前橋


ガイドブックが白黒なので、色合いが分からないのが実に惜しい。ただアングル的にはほぼ同じ写真が撮れている。行きかう船が現代っぽくなっているのも50年という時間の経過だろう。同じアングルを見つけることができるとやっぱり嬉しい。


▲そんな写真を撮る当時の人と、


▲その様子を撮る三脚!



50年前の御茶ノ水

最後はどこだ、と開いたページは「御茶ノ水」だった。ガイドブックには神田川から駅舎が見える写真が載っている。今もあるのは知っているが、どのくらい変わったのだろうか。


▲この写真と同じ写真を撮ります!


聖橋から撮った写真だろう。ガイドブックでは聖橋からニコライ堂が見えたが、現在は高い建物ができて見えなくなってしまった、と嘆いていた。この辺の悩みは今もあるので、50年前の人とも話が合うかもしれない。


▲御茶ノ水駅に来ました!


50年前の格好でお茶の水駅にやってきた。これが本日最後の場所だ。今更だけれど、当時の人はシャツをズボンにインして、ゴワゴワな七三という髪型の気がする。そう思ってこの格好をしたが、イマイチ当時感がないのはなぜだろう。顔は完全に昭和っぽいのだけど。


▲1968年の神田川


▲2015年の神田川


ガイドブックには聖橋から神田川を見ると泥水に塵芥船が浮かんでいるとある。今は工事中でその水の様子もあまり見えない。普段ならそんなことは思わないだろう。工事中なんだ、で終わる。普段感じないことを感じることができる、それが50年前のガイドブックの魅力ではないだろうか。


▲聖橋にいる当時っぽい人と、


▲それを撮る三脚

この記事を書いた人

地主 恵亮さん

1985年福岡生まれ。基本的には運だけで生きているが取材日はだいたい雨になる。2014年より東京農業大学非常勤講師。著書に「妄想彼女」(鉄人社)、「昔のグルメガイドで東京おのぼり観光」(アスペクト)がある。なお、記事の写真は三脚2台使用での完全一人撮影。

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