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子育地蔵尊(源兵衛地蔵)

コソダテジゾウソン ゲンベエジゾウ

面影橋駅 / 西早稲田駅

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享保の時代から300年近く人々の暮らしや街の変化を見つめてきた子育地蔵尊。
平成24年には新宿区の文化財に指定され、ますます多くの方が訪れるようになりました。

<子育地蔵尊の由来>
元禄の末頃、小泉源兵衛がここに住みつき、この周辺は源兵衛村と呼ばれるようになりました。
源兵衛の功績を記念して享保11年(1726年)に村の有志者が源兵衛地蔵を安置しました。

このお地蔵様のご利益は、子宝・安産、病気治癒、商売繁盛、交通安全など多岐にわたり、願いがかなうお地蔵様として地域の人から大切にされ、近年では“子育地蔵尊”として親しまれています。

左手にある庚申塔(こうしんとう)には、寛文13年(1673年)9月12日とあり、三猿が刻まれています。
二基の馬頭観音は、江戸時代坂道の多かったこの地域の「馬力屋」が、馬の守護仏として奉ったようです。

奥にある彰忠碑石(しょうちゅうひせき)は、四国松山と高地の間で採掘される大変珍しい「伊予の青石」で作られた、日露戦争の凱旋記念碑です。源兵衛村から7名が従軍したことを記念して作られました。この石は、関東大震災でも倒れることは無く、当

<子育地蔵尊の由来>
元禄の末頃、小泉源兵衛がここに住みつき、この周辺は源兵衛村と呼ばれるようになりました。
源兵衛の功績を記念して享保11年(1726年)に村の有志者が源兵衛地蔵を安置しました。

このお地蔵様のご利益は、子宝・安産、病気治癒、商売繁盛、交通安全など多岐にわたり、願いがかなうお地蔵様として地域の人から大切にされ、近年では“子育地蔵尊”として親しまれています。

左手にある庚申塔(こうしんとう)には、寛文13年(1673年)9月12日とあり、三猿が刻まれています。
二基の馬頭観音は、江戸時代坂道の多かったこの地域の「馬力屋」が、馬の守護仏として奉ったようです。

奥にある彰忠碑石(しょうちゅうひせき)は、四国松山と高地の間で採掘される大変珍しい「伊予の青石」で作られた、日露戦争の凱旋記念碑です。源兵衛村から7名が従軍したことを記念して作られました。この石は、関東大震災でも倒れることは無く、当時、この地蔵尊に寝泊りした被災者もいたそうです。ちなみに、この碑の揮毫(きごう)は日露戦争で活躍した奥保鞏(おくやすかた)大将(後、この戦い等の功により伯爵、元帥)によってなされています(この間の事情、活躍振りは司馬遼太郎著「坂の上の雲」に詳しい)。

東京空襲で、戸塚地域がほとんど焼け野原になったとき、この地蔵尊の周辺だけは、奇跡的に焼け残りました。みな、お地蔵様が守ってくださったと感謝したそうです。

源兵衛村は、戸塚町、西早稲田と地名は変わりました。しかし、源兵衛村の先人たちのおかげで、今があるということを忘れてはいけません。そして、先人の残した地蔵尊を後世の人々に伝え、末永く継承していくことが大切だと思います。地域の人々から愛される子育地蔵尊は、西早稲田商店会の管理のもとに3年に1度大法要が行なわれています。

基本情報

スポット名 子育地蔵尊(源兵衛地蔵)
住所

〒169-0051   東京都 新宿区 西早稲田2-18-26

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面影橋駅 / 西早稲田駅

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