[連載] 川口葉子の東京カフェ クロニクル ~カフェの上にも3年~

【川口葉子カフェ連載vol.14】スパイスで笑顔に。チャイ好きが「東京一おいしい」と称賛するチャイはリピーター続出。

店名のspileはスパイスと笑顔を組み合わせた造語だ。spice for smile。
食べ慣れた料理や飲み物が、独特のスパイス使いで新しい表情を見せている。

たとえばチャイ。ひとくち飲んで、あ、と思わず声が出る。これほど鮮烈に、ミルクを飛び越えてスパイスが弾けるチャイは初めてだ。シナモンやカルダモン、クローブなどの入り混じった複雑な香りが口内から鼻腔にひろがっていく。
優しいミルクティーのようなチャイを好む人には向かないけれど、はまる人には「もう、このチャイでなければ!」と思わせてしまうインパクトがある。

どの料理にもスイーツにも、魅力的な助演俳優のように、あるいはさりげない背景画のようにスパイスが使われている。ポテトサラダのようなお惣菜もスパイスのひとふりで全く違うおいしさになるから、小さな楽しい発見の連続だ。

女性たちに人気のランチ「spileごはんセット」は主菜1品に副菜2品、ごはん、スープのついたプレート。食べれば、副菜の小鉢も一品ずつ手抜きせずに作られているのがわかる。 スパイスは料理の風味を引き立てるだけではなく、心身をリフレッシュしてくれるもの。店名にこめた「スパイスで笑顔に」という願いが、こういう細部の丁寧さに表れるのだと思う。

オーナーは松村敦さん、えりさん夫妻。えりさんはインド・スパイス料理研究家として多数の著作のある香取薫さんの教室で、スパイスの効能や日常への取り入れ方を学んだ。

調理は敦さんが担当する。「人生最後の食事は何が食べたいですか」と敦さんに尋ねてみたら、spileのカレーですと笑いながら答えてくれた。
ファンの多いカレーは、ちょっと珍しいカスリメティなどのスパイスと和の調味料をミックスした、新しいのにどこか懐かしい味。

じつはこの二人、バイクにまたがって日本各地を旅してきたライダーである。spileにも一年中バイクで通っている。「車より自由度が高くてどこでも走っていけるし、生身で風を感じられるのが魅力です」とえりさんは言う。
もともとはライダーが集まれるペンション経営を考えていたが、吉祥寺のsajilo cafeでネパール人シェフの作るカレーに出会い、スパイスとカフェの魅力に開眼したのだった。

大人が多い街にふさわしい、甘すぎない空間もspileの快適さの理由のひとつ。ひとりで訪れて読書するのにぴったりの、小さなランプが下がる窓辺のカウンター席。時を経て角が丸くなった木製の家具。錆びたり色褪せたりした風情が魅力のブロカント雑貨。なかにはどうしても正体がわからない、摩訶不思議な古道具も混じっている。

ある昼下がり、杖をつきながらおぼつかない足取りで訪れた高齢の女性客を、スタッフが優しく席まで案内する光景を見かけた。若い女性客の隣で食事をしていても、少しも違和感がない。常連の男性のひとりはもと写真家で、80代だという。

「開店したばかりでお客さまが少ない時期に通ってきて、最初の常連客になってくれた人々のことは神さま呼ばわりしています(笑) 写真家のおじちゃんも、店内に人が少ないと来てくださる」

どんな飲食店にも、お店の人に感謝される神さまのようなお客がいるのかもしれない。ご近所の気取らない神さまたちに支えられて今年で4年。リピーターに喜んでもらうために、夫妻は毎日来ても飽きない新しいメニューを考え続けている。


text&photo / Yoko Kawaguchi

HISTORY

HISTORY

2012/6 約半年ほどかけて物件を改装し、カフェをオープン。
来店記念にキャンディをプレゼントした。
2013/10 阿佐谷の地域イベント「阿佐ヶ谷ジャズストリート」に参加。店内でジャズとタップダンスのライブをおこない、予約で満席となる。
以降、毎年参加している。
2015/2 店内でフリマを開催。
2015/6 3周年記念に島崎智子さんのライブを開催。
店名と数字を練りこんだキャンディをお客にプレゼントした。
2015/8 「スパイスとヨガのお話」と題して、スパイス研究家の香取薫さん、ヨガ講師の田中哲生さんによるワークショップを開いて好評を博した。

SHOP DATA

cafe spile
住所:東京都杉並区阿佐谷南 3-4-22
最寄り駅:南阿佐ヶ谷・阿佐ヶ谷

まだある!川口葉子おすすめの阿佐ヶ谷のカフェ

珈琲雨水

商店街の2階に誕生した、コーヒーと読書と音楽のための小さな隠れ家。恵比寿の自家焙煎店COFFEE TRAMなどから豆を仕入れるほか、店主も自ら手廻しのロースターで焙煎を始めた。バニラの香るチーズケーキも人気。

珈琲雨水
住所:東京都杉並区阿佐谷北1-27-5 2F
最寄り駅:阿佐ヶ谷

器とcafe ひねもすのたり

作家のうつわを集めたギャラリーに、ゆったり過ごせるカフェが併設されている。作品展を楽しんだ後は、季節を感じるうつわに盛られた食事や甘いものを楽しんで。素材を吟味して手作りする、気取らないおそうざいセットが好評。

器とcafe ひねもすのたり
住所:東京都杉並区阿佐谷北1-3-6 2F
最寄り駅:阿佐ヶ谷

名曲喫茶ヴィオロン

現在では数少ない、クラシック音楽に耳を傾けるための名曲喫茶。扉を開けて一歩足を踏み入れると、そこは完全なる非日常のレトロ空間。店主自作の音響装置やピアノ、蓄音機の究極の完成形といわれるクレデンザなどに囲まれて、瞑目のひとときを。

名曲喫茶ヴィオロン
住所:東京都杉並区阿佐谷北2‐9‐5
最寄り駅:阿佐ヶ谷

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本記事内の情報に関して

※本記事内の情報は2016年04月21日時点のものです。掲載情報は現在と異なる場合がありますので、事前にご確認ください。
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